やさしさなんて知らなくてよかったころ

Information

spanで下線
markでマーカー
strongで重要事項
emで強調
セクションリンク
class="link"

class="left"で左揃え

midashi

section>section

Main contents

Long story

定義リスト
テキスト
リンク *
テキスト

Short story

icon
short | ナノ



この学園に入って、たくさんの人と出逢えて、私は変わることが出来ただろうか。自分自身を変えたくて、両親の反対を押し切って入ったこの学園。芸能人を目指す人、作曲家を目指す人。人それぞれの夢や、想いがあって、その気持ちをとても愛しく思えた。私はみんなとは少し違う理由で入学したから、誰かと共に過ごすことなど出来ないと思っていた。私の希望は作曲家で、私が作った曲を誰かに歌って欲しいという気持ちは同じだとは思うけれど、私には少し違う願いもあった。私は喋ることが出来なかった。

「おはようございます真千ちゃん。」
『おはよう、春歌』
「おっはよー!真千!」
『友ちゃんもおはよう。』

私が会話をするには紙とペンが必要だった。言葉が空気にしかならない私にとって、誰かと会話をするには筆談しかなかったのだ。入学当初は喋ることの出来ない私なんかと、友達になってくれる人なんていないと思っていた。筆談でしか会話出来ない人よりも、普通に会話出来る人を選ぶのは当たり前だと思っていたし、それが普通の反応だったのだ。今まで生きてきて、最初は何かと私を気にかけてくれるクラスメイトも次第に離れていったのだ。みんな私をめんどくさがって、離れていった。そんな生活を送ってきた私にとって、ここでの生活は夢のようだったのだ。

「今日も作曲の練習?」
『うん、もう少しで出来上がりそうなの。』
「本当ですか?!じゃあ出来たら是非聞かせて下さいね!」
『うん、ありがとう春歌。』

初めて誰かの為に作った曲。その曲がもう少しで出来上がる。この曲を歌って欲しい人は決まっているのに、相手は私のことなんか知らない。ただ私が一方的に知っているだけで、けれどその人を見たら自然と溢れたこの曲。その感覚が抜けなくて、気付いた曲が出来上がりそうだった。私にとって、作曲をするということは、私の気持ちを代弁してもらうことだ。言葉を紡げない私の代わりに、誰かに私の気持ちを代弁して欲しい。私の気持ちをみんなに伝えたい。だから私はこの学園入学した。私の曲を聞いて、自然と歌詞が浮かぶような、そんな曲が作りたくて私は日々作曲をしているのだ。

「あっおい、これ落ちたぞ。」
『!?あ、ありがとうございます。』
「お前、喋れないのか?」
『!!はいっ』
「ははっそんなに必死に首振らなくたって分かるよ。」

どうして、どうして彼がここにいるのだろう。私今、彼と喋っている。何だか信じられなくて、目の前がぐらぐら揺れて、自分を支えることが出来なくなってしまいそうだった。だって彼が今目の前にいる、私が今作っている曲のきっかけの人。私の気持ちを伝えて欲しいと願ったこの人が、今、私と話してくれているのだ。今すぐに彼に曲を見て欲しい。けれどまだこの曲は未完成だ。こんな中途半端な形で彼に見せることは出来ない。ちゃんと完成してから、それから彼に歌ってもらいたい。だから、その為にも今は絶好の機会なのだ。次へと繋げる為に、彼と何かきっかけになるものを得なければならないのだ。

『来栖くん、ですよね?』
「えっ、俺の名前知ってるのか?」
『私、春歌ちゃんと同じクラスなんです。』
「ん?春歌?…あぁ!七海のことか!」
『それで話をよく聞くので。』
「そっか!まぁ俺様は人気者だからなっ!」

にっこり笑う彼にまた曲が浮かぶ。ああ、最後のフレーズまで書けそうだ。彼と話をしたら、もっと彼への気持ちが溢れだした。早く彼に歌って欲しい。私は知っているとしても、彼からしたら初対面の私に、いきなり私が作った曲を歌って欲しいなんて言ったら引かれてしまうだろうか。けれど、もうこんな機会なんてないのではないだろうか。だったら一か八か、来栖くんに頼んでみてもいいんじゃないだろうか。もし断られたらそれはその時だ。この曲は歌われることはなく仕舞われてしまうかもしれないけれど、それでもこのチャンスを逃したくなかった。

『来栖くん!』
「おっおぉ、何だ?」
『私今曲を作ってるの。この曲来栖くんに歌って欲しい。』
「俺、に?」
『そう!どうしても来栖くんに歌って欲しいの!』
「…、」
『…ごめん、迷惑だった、よね?』
「いやっ!ちがくてっ!」
『?』
「本当に俺でいいのか?」
『でじゃなくて、来栖くんがいいの!』
「分かった、楽しみに待ってるな!」



(貴方の笑顔に胸が高鳴った)



110813
- ナノ -