やさしさなんて知らなくてよかったころ

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嫌い。
そのへらへらと笑うその顔が嫌い。どこにも行けなくて、ただこの病室で時を過ごす。全ての事を諦めてしまっている君が嫌いだ。本当は出て行きたいくせに。こんな所から逃げ出してしまいたいくせに、出来ないと決めつけている君が嫌いだ。


嫌い。
にこにこ笑って病気のことなんてすっかり忘れてしまったかのような君が嫌い。病室で静かに諦めていた君が、今は外に出て自転車に夢中になっている。乗れないことすら楽しいと感じる君が嫌い。可愛い女の子と一緒に、遠くに出かけてしまうようになった君が嫌い。


嫌い。
登る事が楽しくて、仕方がなかった君が、苦しそうに山を登るのが嫌い。苦しみながら登る君が嫌い。そしてその苦 しみを克服した君が嫌い。先輩やライバルに支えれて頑張る君が嫌い。どんどん坂を登って行く君が嫌い。私を置いていく、君が大嫌い。



「僕はどうやったって、好きにはなってもらえないみたいだね。」



少し眉が下がったその表情。私は知っている。この顔は傷ついている。私に拒絶されたことに、傷ついている。私なんかに好かれなくたって、君は沢山の人に愛されているじゃないか。沢山の人に必要とされているじゃないか。なのに君は悲しいと言う。私に嫌われる事が悲しいと言う。可愛い幼馴染、優しい先輩、切磋琢磨し合うライバル、一緒に頑張ってくれる仲間。沢山の人が彼の周りに集まっている。私はそこには居なくて、最初から私なん かの居場所はなくて、ただ枠の外から眺めている。決して踏み込むことのできない空間。私が入ってはいけない場所。でも彼はそれが悲しいと言う。



本当は分かってる。彼を嫌いな理由だって、本当は分かってる。私は羨ましかったのだ。沢山の人に愛さている彼が羨ましかった。彼の瞳に映る全てのモノが羨ましかった。私もその瞳に入り込んでみたかった。彼が大切だと言うその中に入りたかった。けれど入ることなんて出来なかった。私という存在はちっぽけで意固地で、勇気もない大馬鹿者なのだ。病室から覗いていたのは私の方。全てを諦めていたのは私。逃げ出したかったのは私なのだ。



「嫌い、君のことなんか大嫌い。」



私は今日も正反対の言 葉で君を傷つける。これしか君と関わる方法が分からない。どうやって君と話せばいいのか分からない。どうやって君の瞳に入り込めばいいのか分からない。だから私は後悔することになる。言葉は人を傷つける。そして変えてしまう事を、私は分かっていなかった。








...............


「なまえ、さっ真波と喧嘩でもしたの?」
「...してない。」



あれから真波は私の事を徹底的に避けるようになった。ずっと嫌いだと言い続けてきた私にとうとう嫌気がさしたのだと理解した。喧嘩なんかではない。私に呆れてしまった真波が、私から離れていった、それだけのことだ。素直になんかなれない私は、こうやって過ちを犯して から後悔をする。学習をしない私。いつまで経っても成長しない私。人を傷つけて、初めて気付く馬鹿な私。どうしようもなくなって、窮地に立たされるまで私はそれに気づかない。そして私は崖から転落して痛い目を見る。ほらね、また貴女は他人を傷つけたのよ。落ちていく私を嘲笑うのは、やっぱり私なのだ。




それから真波と私はただの他人へと成り果てた。真波が私を避ければ、必然的に会う回数は減る。元々人づきあいが苦手な私は、自分から話しかけることをしない。それは幼い頃から一緒に居る彼女や彼であっても変わらない。いつまでたっても克服しようとしない私。受動的な私。自分から行動を起こそうとはしない。こんなことではダメだとは分 かっている。自分の力で努力しなくてはならない事を知っている。いつまでも私たちは子どもではいられない。共に永遠の時を過ごしていけるわけではない。頼って生きてきた。私のことを理解してくれる彼らに甘えていた。酷い言葉で傷つけた、沢山の嘘をついた。それでも彼は私を見捨てはしなかった。私の本当の言葉を、彼は待っている。私が彼の元へ行く事を、待っている。







「山岳」


久しく呼んでいなかったその名前をぽつりとこぼす。呼ばれた彼は大きな目を丸くして私を見ていた。そして慌てたように駆け寄って来る。今、ここで話をする事は出来ない。これから部活が始まり、帰宅部の私とは時間が合わない。だから部活が終わった 後、時間が欲しい事を伝えた。彼は戸惑っていたが、最後には了承した。部活が終わったらすぐに連絡すると言われ、私はこの場を離れた。これで後戻りは出来なくなった。彼が山を登っている間に、私は覚悟を決めなければならない。ゆっくりと息を吐き出して、部活が終わるまでの時間どう過ごそうかと思考を巡らせた。



結局、特に何をするでもなく、淡々と時間が流れるのを待った。彼からは部活が終わり、今どこに居るのかという旨の連絡がきた。学校からそう遠くない公園に居る事を伝える。きっと彼はすぐに来るだろう。あの真っ白な自転車に乗ってやってくる。日は落ち、辺りは暗くなってきた。空を見上げれば小さな光がちらほらと姿を現し始める 。きらきらと光る空を見上げていれば私を呼ぶ声がした。そっちへ意識をやれば少し怒ったような彼の姿。何かしてしまっただろうかと不安になる。彼に本当の気持ちを伝えようと、決意したにも関わらず、話す前から彼は不機嫌だった。



「こんな時間に外に居ないでよ。」



心配する。そう溜息と一緒に言われ、何だか心臓が締め付けられる感じがした。思わず彼の胸に飛び込んでしまいそうになる気持ちを抑えつつ、静かに謝る。ゆっくりと近づいてきた彼は、柔らかく笑っていた。彼はこんな風に笑うのかと、そう思った。いつも遠くから見てるだけで、こんな近くで彼と対面したのは久しぶりだ。ましてや私にこんな風に笑ってくれるなんていつぶ りだろうか。ずっと隔たりがあった。私が勝手に線引きしたそれは綻び始めていた。私が素直になれば、それで良かったのだ。彼に、私がどう思っているのか、今伝えなくてはいけない。彼も私言葉を待っている。彼と視線を合わせて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。気持ちが全て伝わるようにと、願いを込めて。



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150215


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