やさしさなんて知らなくてよかったころ

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「好きだなんて嘘だ!」

心の底から声を出したのはこれが初めてじゃないだろうか。他人から見た私は良く言えばおとなしい、悪く言えば暗いだ。そんな私が大声を張り上げれば誰でも目を見張るだろう。だがここには私と、私の罵声を浴びた人物しかいないのだから目を見張る人物は目の前の人物だけだ。そもそも、私が大声を張り上げなければならない理由は目の前の銀髪のせいだ。くだらないことを言うから、嘘をつくからいけないんだ。私は悪くない。ちっとも悪くなんかいない。

「っと、お前そんなでかい声出せんのな。」
「…お前のせいだろうが。」
「口も悪くなってんな。」
「こっちが素だっ!」
「知ってる、いつからの付き合いだと思ってんだ。」
「…っ!」

私がこの学校で大人しくするようになったのは、私とは正反対の女の子が現れたからだ。その子は本当に可愛らしくて、守ってあげたくなるような子で。そんな子が彼の前に再び姿を表した。そう、二度目なのだ。彼女は不知火のことを覚えていなかった。けれど、不知火の中では彼女は生きていた。あの頃のまま、不知火笑顔に出来た彼女はまだ彼の心の中にいた。不知火とは所謂幼馴染みというものだ。幼い頃から一緒で、両親が亡くなってしまったあの頃も、一緒に過ごしていたのだ。一緒にいることは出来ても、私は彼を笑顔に出来なかった。不知火を笑顔に出来たのはずっと一緒にいた私ではなく、夜久月子という女の子だったのだ。

「最近、何かあったのか?」
「…別に、何も。」
「じゃあなんでこっちを見ない?」
「意味はない。」
「嘘だな。」
「なっ何がだ!」
「お前は嘘をつく時必ず目を反らすんだよ。」

自分では知らなかった癖を不知火は知っていた。それが嬉しくて、哀しかった。だってそれを知っているのは私が幼馴染みだからでしょう?幼い頃から一緒にいたのなら、それぐらい分かってしまうのでしょう?私だって知っているんだよ、貴方が夜久さんを好きなこと。なのにどうして私を好きだと言うの。言われた私はどうすればいい。貴方を好きな私はどうしたらいいの。ねぇ、苦しい、助けてねぇ、一樹。

「不知火が好きなのは夜久さんでしょ。どうして私に好きだと言うの。」
「…何でそうなるんだよ、俺はお前が好きなんだ。」
「嘘よ!どうして私を好きになるの!?まで散々…!」
「…真千、」
「っ!散々幼馴染み扱いしてきたのは何処の誰よっ!?」

今まで一度だって私をそんな扱いしなかったじゃないか。本当に私を好きだと言うのなら、どうして夜久さんを選んだの。どうしてあの日、私と一緒にいてくれなかったの。まだ幼い頃、一樹が両親を亡くした頃、私は毎日一樹の様子を見に行った。疎まれたとしても、それでも一樹の側で私は彼が立ち直るのを見守りたかった。その時は自分を過信しすぎていたのだ。一樹をこの絶望から救い出せるのは私しかいないと。そんなことなかったのに、私は必要なくて、いくら側に居ても一樹は笑ってくれなくて、ただただ日々が過ぎていくだけで、私は彼の側に居ただけだった。彼を笑顔にさせたのは可愛らしい少女だったのだ。彼は幼馴染みの私ではなく、その少女を選んだのだ。私が一樹にしたかったことを彼女は意図も簡単にやってみせた。本当は私がしたかった。私が一樹を笑顔にしてあげたかったの。

「もう、いいの。」
「…真千?」
「私は、要らないの。」

私は無力だったのだ。暗闇に堕ちていくだけの一樹を、私は救えなかった。幼馴染みでずっと一緒にいたのに、私は彼を救えなかった。一樹が好きで、この人の為に生きようと決めたのに、私は何も出来ずにただそこに在るだけだった。救うことも支えることも出来なかった私。けれど夜久月子という少女が一樹の元を去った時、私はもう一度一樹と共に居れることになった。今度は間違えないように、一樹を幸せに出来るように、私は私なりに努力をしたのだ。私の全ては一樹だ。一樹の為に私は生きてきたのだ。だが、何のイタズラか、はたまた私では無理だと神様が見切りを付けたのか、彼女はもう一度一樹の元に姿を表した。記憶はなくても、彼女の雰囲気が一樹を柔らかくさせたのだ。ならば、彼女がもう一度姿を表した今、私の存在は何なのか。一樹を幸せに出来るのは私ではなく、彼女だ。だったら私は必然的に要らないではないか。一樹の為に生きてきた私は要らないじゃないか。だから、私は息をしなくなった。そこに居るのに、居ない。私は空気と同化したのだ。

「私じゃ一樹を救えない。」
「…」
「私じゃ一樹を幸せに出来ないっ」
「…、」
「じゃあ私はっ、何の為に!」
「ふざけるなっ!」
「!」
「黙って聞いてれば、俺の為、俺の為っ!」
「だって、」
「俺を救えない?幸せに出来ない?そんなのお前がただ俺の側に居てくれたら叶うんだよ!」
「かっ、ずき、」
「真千が俺の側で笑ってくれてたら俺は幸せなんだっ!」

力一杯一樹に抱き締められて、久しぶりに空気を身体に吸い込んだ気がした。久しぶりに一樹の体温に触れた。私が大好きな、一樹の匂いをいっぱい吸い込んで、私は背中に恐る恐る腕を回した。そしたら一樹がまた力強く抱き締めるから、涙が溢れてきた。それは止まることを知らなくて、一樹の制服に染みを作っていった。離れなくちゃいけないと、染みを作ってはいけないと分かっているのに、身体は言うことを聞かなかった。一樹をもっと、もっと感じていたかった。

「さっき、」
「?」
「さっき俺のこと不知火って言っただろう。」
「…う、ん」
「もう、呼ぶなよ。一樹だからな。」
「…うん。」
「真千、好きだ。」
「わ、たしも一樹が好きだ、」



(俺の為に生きた君を、今度はどうか自らの為に)



110806
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