やさしさなんて知らなくてよかったころ

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 私みたいなちっぽけで弱い子どもが、彼の役に立てるなんて思っていない。私はきっと足手まといで、彼を困らせる。それでも彼が、側に居てもいいと言うからここに居る。本当は居ない方がいいと分かっている。だけど私は彼の側に居たくて、彼もそれを望んでいてくれている。彼がいいと言うのならいいのだ。私にとって彼の言葉は絶対で、全てだ。だから他の誰が何と言おうと、私はここに居る事を望んだ。幸いにも、私の存在を認めてくれた人たちは力を持っている人たちで、また私は守られている。圧倒的な防御壁を身に付けた私は、安心しきって忘れてしまっていたのだ。弱いからこそ守られて居る事を、私のことを快く思っていない人なんて腐る程居る事を。


 平穏なん てある日突然に壊れるものだ。いつものように起きて、部屋を出る。いくら弱くて闘う事が少なくたって、お腹は減るものだ。食糧庫に向かおうとした足は突如現れた何かによって崩れ落ちる。突然の浮遊感と痛み。重力に逆らう事無く、そのまま私は床に倒れ込む。息が一瞬詰まり、呻き声が漏れた。忘れてはいけなかったのに、油断してしまった。私が誰の側に居るのかという事を、その地位をどれほどの人が欲しがっているかと言う事を。そして私はひっそりと思いだす。彼は、今日ここには居ないと言う事を。




.................

 いつもの出迎えがないことに違和感を感じた。そして嫌な焦燥感。足早にあの子の部屋へと向かう。そんな俺のあとをやはり眉間に皺を寄せて付いてくるエ ト。嫌な予感がする。拭えきれない焦りを感じながら、部屋のドアを勢いよく開ける。いつもならそこに居るはずのあの子が居なかった。在るのはあの子のお気に入りの大きなぬいぐるみ。主をなくした部屋は色を無くしたただの空間。殺気がこの部屋を埋め尽くす。エトに言われるまで垂れ流し続けたそれは、この状況を造り出した根源を突き止めようと躍起になる。どこに居る、あの子はどこだ。誰が、あの子に、なにをした。膨れ上がる殺気にこの件に関わったであろうやつらが震えあがる。ただで殺してなんかやらない。生きて居る事が絶望だと感じるような事をしてやる。



「とりあえず、落ち着こうタタラさん。」



 エトの声がこの張り詰めた空間を裂いた。いくらエト でも俺のこの殺意を消すことは出来ない。その事をエトも分かっている。だから睨みつける眼光はそのままにやつらを見やる。エトがやつらに近づき言葉を落とす。その言葉にこの世の終わりを感じ取ったのか、瞳からは光が消えた。くるりと向きを変え、俺に向き直ったエトは行こう、と呟く。早く。早く行かなければならない。あの子はきっと待ってるから。俺が行くまで、ずっと。






 月明りが私を照らす。いくら弱くても私は喰種だ。人間と比べたら傷の治りだって早い。けれどいくら時間が経っても私の傷は回復しない。なぜか、いつもならもう治り始めていてもおかしくはないのに。そして私は唐突に死を予感した。小さな赤い傷。まるで注射針で出来たそれこそが、私の回復を妨げてい るもの。抑制剤、きっと私が気を失っている間に打たれたのだろう。ここまでするとは、相当私のことが嫌いらしい。抑制剤を打たれてしまっているのなら、私は本当にこのまま死んでしまうかもしれない。血が流れすぎている。止まらないそれは赤い海のようだった。視界がどんどん赤く染まる。体はどんどん冷えていく。冷たくなっていく感覚に恐怖を感じた。彼に、会うことなく、死んでしまうのだろうか。走馬灯のように彼との思い出が流れる。足手まといでしかなかった私の存在。それでも彼は微笑んでくれたから。ここに居るだけでいいと、そう優しく言ってくれたから。ああ、会いたい、もう一度彼に会いたい。



「タ タラ、さ...」
「真千」

 大好きな声 がする。すぐ近くに彼が居る。けれど瞼は重くて、この目に彼を映すことができない。体だって上手く力が入らない。もう指一本動かす事が出来なくなってしまったこの体。霞む意識の中でもう一度彼の名前を呼んだ。ふと私のではない体温に包まれる。ああ、タタラさんだ。私は今タタラさんに抱きしめてられているのか。強く抱きしめるその腕が震えている気がした。けれどそれを確かめる前に、私は意識を手放した。







「頑張ったな。」

 目を覚ました瞬間、タタラさんは私の頭を撫でながら言った。僅かに揺れる瞳に、胸が苦しくなる。私の事で辛い思いをして欲しくない。けれどそれほど心配してくれた事に心が躍る。大切にされて 居る事を私は知っている。何よりも私を守ってくれようとする彼を知っている。私の大好きな人。私を守ってくれる最強の盾。



 回復には少し時間がかかったが、以前と変わりない日常へと戻っていった。私を殺そうとしたやつらは知らない。タタラさんが知らなくていいと言うから、私はそれ以上追及しなかった。別段知りたいとも思わなかった。きっともう関わる事はないだろう。私はまたいつものように守られて、このアオギリという籠の中で生活をする。ずっとそうやって生きてきた。ずっと、ずっと?私はいつからここに居るのだっけ。どうしてここに居るのだっけ。チリッと痛む頭を抱えてその場でしゃがみ込む。誰かが私の名前を呼んでいる。貴方はだれ、なんでそんな苦しそうに私の名前を呼 ぶの、どうして私は心が張り裂けそうになっているの。痛い、痛い、割れるように頭が痛い。だれ、私の名前を呼ぶあなたは



「いけないね、真千」



 視界を覆われて意識がどんどん遠のく。ダメ、このまま意識を飛ばしてはいけない。また忘れてしまう。彼のことを、忘れてしまう。忘れたくなんかないのに、貴方の所に帰りたいのに。みんなが待ってる、あなたのところに。



「    、   」  
「...おやすみ真千、良い夢を。」

「..また思い出したの?」
「ああ、だが問題ない。目を覚ました時には全て忘れている。」




 逃がしはしない。やっと手に入れた、俺だけの雛鳥。何度でもお前を助けよう。何 度でも記憶を消してしまおう。この子が俺なしでは生きていけなくなるまで。何度でも、何度でも。





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150214
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