やさしさなんて知らなくてよかったころ

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「好き。」


 たったこの一言を言うのに、どれだけ時間を掛けたのだろう。ずっと言いたくて、言えなかった言葉。誰よりも貴方に恋をしていた。ずっと近くで、真剣な眼差しを見ていた。その瞳が、私を見る時に柔らかく笑う瞬間が大好きだった。我儘をしょうがないな、って受け入れてくれる貴方が大好きだった。けれど、ずっと言えなかった。言ってしまったら変わってしまうと思ったから。この幸福に浸った今が、なくなってしまうと、そう、感じてしまったから。そんな事、貴方は考えていなかったというのに。



 所謂、幼馴染みという関係だった。
その関係を、私は存分に利用した。多少の事は多めに見てくれる彼に甘え、私は私のしたいようにした。当然それを気に入らない人だっている。けれど、彼が大丈夫だと言った。だから私は気にする事なく、彼の側に居続けた。

 私はそんな居心地の良さに浸っていたのだろう。私の我儘を受け入れてくれる彼に甘えていた。勝手にいつまでもこんな関係が続くのだと、思っていたのだ。そんな事、ありはしないのに。男や女の体へと近づいていけば、心だって成熟していく。いつまでも子どものままではいられない。そこには男女の関係だって生まれてくる。けれど、私はその事に気付かない振りをした。彼が私を愛おしそうに、見ていることを知りながらも、私はその視線に気付かない振りをした。きっと彼は気付いていた。私が、彼の気持ちに気付いていることに。けれど、何も言わなかった。ただ、待っているだけだった。まるで私の気持ちが定まるまで、じっと。

 待つことは辛い事だと、言われた事がある。それは彼の友人で、同じ部活仲間からの一言だった。何でそんな事を言われなければならないのか、腹が立った。私があからさまに顔を顰めれば、相手も眉間に皺を寄せる。二人して顰めっ面をしていれば、周りにまで空気が漏れる。何だ何だと、遠巻きに野次馬が増える。更に深くなった眉間の皺。先に折れたのは相手だった。一つ溜め息を吐いて、私を真っ直ぐに見つめる。そして爆弾を一つ落としていった。


「御幸、彼女出来たぞ。」


 倉持から爆弾を落とされて、私は目を見開いて固まった。そんな私を複雑そうな顔で見ている。彼女、一也に、彼女が。どっと汗が溢れてくるのが分かる。体がどんどん冷えていく。頭から爪先まで、まるで、全ての体温が抜け落ちてしまったかのように、私の体は動く事を止めてしまった。いつまでも、変わらないと信じて疑わなかった日々。ずっと彼の隣で、我儘を言って、それを彼が受け入れてくれて。ふざけ合いながら笑って、一緒に家に帰って。試合に応援に行ったり、忘れてしまったお弁当箱を届けたり。ずっとずっと、そんな日が続いていくと思っていたのに。動けずに居る私に倉持が何かを言おうとしたのに、チャイムによってかき消された。指先一つ動かさない私を心配そうに見つめる倉持。けれど、先生が教室に入ってきてから、渋々自分の席に着いたようだった。

 授業は全くと言っていい程頭に入らなかった。ただ、耳をすり抜けていくだけで、ちっとも頭には入らなかった。それ程までにショックだった。離れる事はないと思っていた彼が、離れてしまったのだから。


「一也、彼女出来たの?」
「…誰から、
「出来たの?」
「ああ、」
「そう。じゃあ今度からは彼女さんを家まで送ってあげてね。」


 部活に行く前の一也を捕まえて、問い詰めた。倉持の言葉を疑ってる訳ではない。ただ、本人の口から聞きたかった。きっぱりと否定して欲しかったのかもしれない。けれど、一也の言葉は肯定であって、私をもう一度打ちのめした。一也の前で、泣く事なんてしない。弱い自分を誰かに見せる事が嫌いだった。それは一也であっても変わらない。誰にも、弱っている所なんか、見せたくない。倉持から言われた時、あんなに心が沈んでいたのに、そんな隙を見せる事なく、私は一也の前で強がっていた。本当は嫌なのに、一也の隣は私であったのに、私の場所だったのに。それが今度見る時は違う誰かなのだ。


「…それだけ?」
「それ以外に何かあるの?ああ、心配しなくても、今までのように一也に接したりしないから。」
「…、」
「彼女さんがヤキモチ妬いちゃうでしょ?」
「ほんと…お前さ、」


 それだけ言って一也は私を引き寄せた。そしてそのまま強引に、唇を重ねたのだ。一瞬だけ触れたその温もりは、余韻を残すことなくすぐに離れた。何も言わずに、視線を合わせた。


「…どうして?」
「それを、俺に言わすの?」


 分かってるくせにな、そう言って一也は部活へと向かった。ただ一人残された教室で、一瞬触れた温もりを思い出す。分かってる。どうして、なんて聞かなくても分かってる。けれど、私は答えを出せないままでいる。だって、そういう関係になればいつか、別れがくるでしょう。友達で、幼馴染みであれば、ずっと隣に居ることが出来るけど、恋人は、そうではないでしょう。いつか別れがくるのなら、そんな関係になりたくない。私はずっと隣に居たいだけなのだ。だから、今私が抱えている感情は、消さなくてはならない。一也の隣に居るであろう女の子に嫉妬何かしてはいけない。一也を、愛おしく思う気持ちなど、持ってはいけない。だから、早く、早くこの思いは奥底にやらなければならないのだ。




 あの一件以来、私は一也を避けるようになった。必要以上に関わる事をしなくなった。嫌がらせではちっとも離れる事がなかった私が、彼女が出来たらあっさり離れる。やっぱり彼女には叶わないか、と噂が流れた。あれから一也は何も言ってこなかった。当たり前の事だ。だってもうどうしようもないから。私が行動に移さない限り、一也は動かない。きっと、ずっと。だから、私はこの気持ちが消えてなくなるまで、一也から距離を置く事にした。

 そして目にするのは私の知らない女の子が、一也の隣で笑う姿だった。とっても可愛くて、その子の隣で優しく笑う一也を見た。あんな優しそうな、一也の顔は見た事がなかった。だから、ああこの選択は間違ってなかったのだと思った。一也は私なんかに立ち止まっていい存在じゃない。もっと、もっと遠くを視ている人だ。未来を、見つめる人だ。私はそっとその光景から目を離した。振り返らずに、ただ、そこから足早に離れたのだ。








………




「お前、何してんの?」


 一也と話す事がないまま、私達は卒業を迎える事になった。式を終えて、一人感慨に耽っているところに、倉持がやってきた。一也を避けるようになってから、必然と倉持とも会話をする機会が減った。だからこの会話はとっても久しぶりなのだ。けれど、その言葉は倉持との会話ではなくて、一也の事であったから心は穏やかでいられなかった。

 倉持は何かと世話焼きだ。
私と一也の事だって、何かと首を突っ込んできた。倉持が関わったって、何かメリットがある訳でもないのに、それでもこの現状をどうにかしようとしてくれていた。一也と話す事がなくなった今では、倉持も流石に私に話し掛ける事をしなくなった。ついに呆れられたと思っていたのだけれど、こうして今、話をしているという事はそうではなかったらしい。


「特に、何もしてないね。」
「何で、何もしないんだよ。」
「…今更、何を言うの。」


 一也は卒業後はプロに入るらしいと、噂で聞いた。噂でしかそういう事を知る事が出来ない事実に、本当にもう遠い存在になってしまったのだと実感した。一也の隣に居るのは変わらずにあの可愛らしい女の子で、そこに戻れない事にも寂しさを感じた。あの時、私が一也の気持ちに答えていたのなら、きっと変わっていたであろう未来。それでもその行動が出来ないのが私。弱虫で、変わる事を恐れ、未来に目を向ける事が出来ないのが、私なのだ。

 青春という名の時間を過ごしたこの教室。窓際から見える校庭。いつも、どこに居ても、どんなに紛れていても、分かってしまった声を聴きながら、じっと教室で過ごした日々。慣れ親しんだあの声が、耳を溶かす。あの声に、呼ばれる度に嬉しくなって、幸福を感じて。時折聞こえてきた笑い声に、一緒につられて微笑をこぼす。そんな1年間を、ただ一人で過ごした。隣に居たいと願いながらも、もうとっくに手遅れなその思いを、そっとこの場所に遺すように、静かに教室を見渡した。そこに在る影を感じながら、決別を記す。


「私には恋愛は難しくて、きっと誰かの想いに応える事なんて出来ない。だけど、その想いに応えられるくらい、私が強くなれたのなら、」



”それは、御幸一也がいいな。”






 ぽつりと零れ落ちたのは、私の想いであって、私の答えだった。まだ中途半端な想いは、私をぐずぐすに溶かす。思考は回らずに停止する。それでもこの想いだけは消える事なく、長い時間をかけて見つけた私の応えだった。この卒業という節目に、ようやく言葉にする事が出来た。相手は倉持であったけれど、それでも私なりの一歩である事に間違いはない。

 ようやくかよ、と溜め息をつきながらも、倉持は笑っていた。その笑顔は穏やかで、呆れながらも、ずっとこの時を待っていたかのようだった。あいつが待ってる。そう言って倉持は早く行けと、私の背中を叩く。背中を押された反動のまま、教室を出る。そっと振り返ってお礼の言葉を告げれば、軽く手を振っていた。




 走って、走って、一也の元にひたすら走った。あの子が側に居るかもしれない。もう手遅れかもしれない。私の事なんて、過去のモノとして切り捨ててしまっているかもしれない。けれど、倉持が背を押してくれたから、卒業というこの節目に、私が見つけた応えを伝えてみようと、小さな勇気が顔を出した。

 一也は一人で部室に居た。彼が野球に掛けた高校生活。どれぐらい努力してきたのかを、知っている。どれだけ、野球に対して真剣に向き合ったかを、知っている。ずっと見てきた。側に居る事が叶わなくても、遠くからでも、私は一也を見ていた。試合もこっそりと見に行った。真剣な眼差しを、楽しそうに野球をする姿も、沢山見てきた。そんな彼がただ一人、部室で想いに耽っている。そんな空間に居てもいいのか、気持ちが揺らぐ。さっきまであった小さな勇気が、奥底に沈んでいく気がした。彼が努力してきたこの空間に、何もせずにいた私が居てもいいのか。進む事を決めた一也と、そのまま立ち止まる選択をした私。あまりにも対照的すぎて、また一歩、一也から離れていく。思考がどんどん波に飲まれて、沈んでいく。


「…俺、野球が好きなんだな。」


 ぽつりと、まるで独り言のように呟く一也に、思考が引き戻された。その表情は穏やかで、とても優しい瞳をしていた。やっぱり好きだと、そう思った。ずっと、ずっと一也に恋をしてた。優しく笑う、その表情に惹かれていた。その笑顔が私だけに向けばいいと思っていた。一也の気持ちに気付いていながら、知らない振りをした。応えを出さずに、一也を傷つけた。その癖、一也が私を突き放せば、この世の終わりのように、傷付いた。なんて自分勝手で、傲慢だったのだろう。ずっと苦しめた。私が今かれ口にする言葉で、もっと一也を苦しめるかもしれない。それでも伝えたいと思うなんて、私はなんて酷い人間なんだろうか。


「私、一也をいっぱい傷付けた。一也の気持ちを知っていたのに、それに気付かないふりをした。変わる事が怖かった。終わってしまう未来が怖かった。ずっと側に居る事が叶わなくなるのなら、恋人という関係になりたくなかった。」


 ずっと怖かった。終わってしまう関係が、怖かった。永遠なんてありはしないけれど、それでも、生きている限り、一也の隣に居たかった。そこまで執着していた私。これは恋と呼べるのだろうか。重すぎるこの想いは、一也を苦しめる事にならないだろうか。それでも、それでも私は、私が出した応えを、話さなくてはならない。呆れながらも、ずっと見守ってくれた人が居るから。ずっと私が応えを出すのを待って暮れた人が居るから。だから、全てを伝えなければいけない。


「…だけど、だけどっ、この一年間、一也の隣に居れない事が辛かった。あの子の隣で笑う一也を、見ているのが辛かったっ…。側に、その場所は、私のものだったのにって、勝手に、思ってっ、」


 ぼろぼろと流れる涙を、拭う事をせずに、想いを告げる。ただ、私の言葉を待つ一也に、また涙が溢れた。まだ、待っててくれている。私が、言葉にするのを待っててくれている。一番言いたい言葉。伝えなくてはいけない言葉。それを、一也は待っている。


「好き。」


 遅くなってしまったけれど、こんなに時間を掛けてしまってけれど、やっと言えた私の気持ち。ずっと待たせた。傷付けた。それでも一也は待っててくれた。私が、想いを告げる、この瞬間を。一也が私を抱き締める。強く、強く。


「…やっと、言ってくれたな。」
「ごめんね、いっぱい、待たせてっ、」
「いいよ。もう、離れないって誓ってくれるなら。」
「好き、一也が、好きだよっ。ずっと、一緒に


 居たいよ、その言葉は音を成らずに、一也に飲み込まれた。






「かっ、一也、あの、えっと、」
「んー?」
「ちょっと、近くはありません、か…?」
「…ずっと離れてたんだ。これぐらい多めに見ろよ。」
「あの、でも、あの子は…?」


 あー、それな。
頬をかきながら、言いにくいそうにする一也に、やっぱりもう遅かったのではないか思った。確かまだ、付き合っていたはずだと、お似合いのカップルだという噂を沢山聞いた。


「振られた。」
「…えっ?」
「逃げてないで、ちゃんと向き合えって言われた。」


 だからちゃんと向き合おうって決めたんだけどさ、お前に先越されたわ。そう言って優しく笑った一也に、また視界が滲みそうになった。逃げていたのは私なのに。それでも一也は、私ともう一度向き合おうとしてくれて。一也にしがみつけば、笑って抱き締め返してくれた。この温もりを、もう離したりはしない。この人と、一緒に生きていく。これからも、ずっとずっと、おじいちゃんとおばあちゃんになっても、私は一也の隣で笑い合っていたいから。小さな勇気をくれた彼と、一也の背中を押してくれた彼女に、感謝の想いを忘れずにいようと、そう心に誓いながら、私は一也と一緒に生きていく。








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お久しぶりです。すみません。
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