やさしさなんて知らなくてよかったころ

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「国見は優しいよ。自分で思ってるよりずっと。」


静寂に満ちた教室で、向かいに座る国見の目を見て呟いた。その目が少しだけ揺らいだことに気づかないふりをして、手元にある日誌に目を落とす。今日は私と国見が日直だった。早く部活に行きたいかどうかは定かではないが、私が書き終わるまで、こうして律儀に待つ国見は優しいと思う。部活をサボるということはしないと思う。確かにめんどくさがりではあるが、バレーをやめることはしないのだろう。過酷な練習はしたくない、なんて愚痴っていたけれど、それでもバレーをせずにはいられないのだろう。きっと一番近くに憧れが居て、目標がいるのではないかと勝手に推測をするのだ。


「優しいのは、お前の方だよ。」


空欄を埋めるようにして動かしていた手は、国見の一言によって停止する。私が優しいと彼は言った。けれど、それは嘘なのだ。私は別に優しくなんかない。平気で多くの嘘を吐くし、人を騙したりもする。そんな人間が優しいだなんて、誰も思わない。けれど、彼は私を優しいと言う。その理由はわからない。けれど、優しいと言われて、何故か泣きそうになってしまう私はどこか壊れているのかもしれない。


「国見は、めんどくさがりだけれど、とても人の事をよく見ているよね。」
「…そんなこと言われたことないよ。」
「そう?なら私の戯れ言にして聞き流していいよ。」


国見はいつも達観しているように思う。けれど、その実彼は中に入ることはできないと思っている。同じ空間に立つことは難しいと思っている。そんなことないのに。国見は自分で思ってるよりすんなりと入ることができるのに。彼はまだ気づいていない。

国見はきっと慕われている。全ての人からではないけれど、それでも彼は慕われていると思うのだ。めんどくさがりな性格のせいで、やっかみを受けることはあるかもしれない。だけど、それでも彼の周りにいる人たちは、彼を慕っていると思うのだ。そしてその中の一人に私も入っていることに、彼は気づいているのだろうか。

もうずっと前からだ。国見に対して特別な感情を抱くようになったのは。国見、と呼んでいるけれど、私たちは幼馴染みなのだ。一見そんな風には見えないだろう。私たちは学校では事務的なことしか話さない。かと言って、学校の外でなら話すのかと聞かれれば、肯定を表すことはできない。私たちのこの幼馴染みという関係は最早、空虚に近いのだ。ただその言葉のみが残ってしまった、そんな不安定な関係なのだ。


「国見、そろそろ部活に行ったら?もう終わるから。」


手を休めることなく書いていた日誌は、殆ど埋まりつつあった。最後に日直からの一言を記せば終わりだ。日誌以外の仕事は終わっている。本当にこの欄を埋めてしまえば終わりだ。そして国見とのこの時間もお終いだ。また事務的な話だけをする、そんな関係に戻るだけだ。今日だってそれほど話をしたわけでもないのだけれど、それでもいつもとは少し違ったのだ。それだけで、良かった。

だから、この先があるなんて知らなかった。ここで終わりだと思っていたのに、国見はそうではなかった。彼は、終わりにすることを拒絶した。


「く、くにみ…?」


小さく名前を呟いても、国見は返事をしない。ただ私の腕を掴んで、じっと瞳を見つめるだけ。近くなった距離に、懐かしさを覚えた。国見の匂いがする。懐かしいあの頃のまま、彼は変わらずにそこに居る。いつから私は国見と呼ぶようになったのだろう。名前で呼ぶことをしなくなったのはいつからか。きっかけなんてきっと些細なことで、つまらないことだったのだろう。けれど、その時の私たちにとっては、とても大きな変化があったのだろう。その変化から目を背けてきたのは私。国見はずっときっかけを探していた。私が再び歩み寄るきっかけを。そして、今日という日を選んだ。

いつだって彼は私を伺っていた。けれど、それに気づかないふりをしてきたのだ。怖かった。何かが大きく変わってしまうことが。その先にある、もしかしたらという事実に期待するよりも、私は不変を選んだ。そして国見は、その先にあるものを選んだ。変わることを恐れていた私に、猶予期間を与えていただけにすぎない。そして、その期間は今日までだったということだろう。







「英」


そっと絞り出した答えを、しっかりと受け取った彼は、きっと誰も知らないであろう、幸せそうな笑顔を浮かべて、私の唇に温もりを残していった。そのまま髪を撫でて、もう一度降るその温もりにそっと目を閉じた。






(いつだって君の一番でありたいのだ)



131019
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