やさしさなんて知らなくてよかったころ

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どうしてこうなってしまったのだろう。こんなはずじゃなかったのに、どうして私は彼の幸せを願えないのだろうか。彼の力になりたいのに、私はいつだって余裕がない。それを悟られないように必死で隠して、年上だからと見栄を張って。彼に本音を言えなくなったのはいつからだろう。いつから私は彼と居ることに息苦しさを感じていたのだろう。いつから私は、彼を苦しめていたのだろうか。


出逢いは突然だった。なんてことのない日、いつもの様に電車に乗って講義を受けに行くその途中、彼と出逢った。人の流れが多い駅で、空いた座席に目星を付けた時、同じくしてその座席に目を付けたであろう彼と、席の譲り合いをしたのがきっかけだった。お互いに席を譲り合っている様は、他人から見たらさぞ可笑しかっただろう。いつもならじゃあ、なんて言って座ってしまうのだけれど、その時の彼はとても体調が良いとは言えない状態だったのだ。顔色は色白にしては白すぎた。後から聞けばその時はやはり体調が悪く、熱もあったらしい。どうにかこうにかして彼に席を譲り、一度は落ち着きを見せた。だが、明らかに体調が悪そうな彼を何故かほっとけなくなった。最寄りの駅を尋ねてみれば、私の駅とそう離れてはいなかった。そして彼を家まで送り届けたのだ。

そこで終わると思っていた関係は、意外にも続いたのだ。連絡先も特に交換していなかったし、名前も知らなかった。けれど、彼と出逢った。それは故意的であった。彼は、私を待っていたのだ。あの日と同じ時間の、同じ場所で。私自身も期待していたのだ。もしかしたら会えるのではないかと。そこでこの出逢いだ。私たちが付き合い始めるのに時間はかからなかった。そしてこの時、私は初めて彼の名前を知るのだ。


「孝支、最近楽しそうだね。」


孝支との出逢いは、私が大学に進学してから、少し経った頃のことだった。初めて会った時、孝支は制服を着ていたし、高校生だという認識はあった。けれど、まさかまだ高校生になったばかりだったなんて思わなかったのだ。それぐらい彼は大人びて見えていたのだ。

月日が流れていく度に、孝支はどんどん男の人になっていった。私の方が年上なのに、孝支の方が大人びているのではないかと思えてしまうぐらい、彼は優しかった。今思えば私はそんな彼に焦りを覚えていたのだろう。どんどん男の人になっていく孝支に、置いていかれてしまわないように、年上であることを意識して余裕を見せつけた。先に歩いていってしまう孝支に小走りでついて行く。遠くに行ってしまわないように、手の届かないところに行ってしまわないように、私は必死に彼に手を伸ばし続けていたのだ。

そして、恐れていたことが起こってしまった。彼がバレー部の副部長になり、新しい仲間も増え、充実した高校生活を送り始めた。私としても嬉しいことだった。彼の中の葛藤だって知っていた。すごく上手な1年生が入ってきて、孝支はスタメンではなくなってしまった。けれど、孝支はいつだって諦めなかった。試合に出ることを諦めたりしなかった。すごく、かっこいいと思った。本当はすごく悔しいはずなのに、それでもバレーに対する思いは変わらない。そんな姿に私は純粋に憧れ、尊敬した。けれど、彼がバレーに思いを掛ければ掛ける程、私との距離は開いていくように思えた。

すれ違いが多くなってきた頃、会う回数が減るにつれて、連絡も途絶えがちになった。お互いに忙しい日々を送り、デートもしなくなってしまった。部活が忙しいことだって知っている。今が大切な時期で、頑張りどころだということも知っている。知っているのに、頭では理解しているのに、私の心はどうして、なんて我儘を募り始める。散々年上だということを見せつけておいて、今更会いたいなんて言えない。寂しいなんて言えない。ぽつりぽつりと私の心は涙を流して、悲鳴をあげた。けれど、孝支に気づかれないようにいつもひっそりと鳴いた。


「最近、笑わなくなったね。」


ぽつりと、そう孝支が呟いた。久しぶりにお互いの休日が重なって、私の家でくつろいでいた時だった。どくりと、心臓が鳴った。嫌な汗が体中を駆け巡る。どうしたらいいかなんて分からずに、ただ孝支を見つめることしかできなかった。静かに私を見つめる孝支に、私は小さく息を吐き出す。嫌いになんてなってない。今でも孝支のことが大好きだ。その気持ちは出逢った頃から変わらずにここに在り続けるのに、どうしては私は涙をこぼしているのだろうか。


「ごめん、ごめんなさいっ…、ごめんなさい、孝支っ…。」


馬鹿みたいに謝り続ける私を、孝支は優しく抱きしめた。背中に回る暖かさに余計に涙が溢れる。どうして上手くいかないのだろう。どうして私は彼と一緒に居ることができないのだろう。これからの未来も孝支と描きたかった。いつから私は本音を言えなくなったのだろう。いつから孝支はこんな顔をするようになったのだろう。お互いがお互いを想いあっているのに、どうして上手くいかないのだろうね。きっと、きっと私たちは幼すぎたのだ。手に余るものを抱え続けて、それを守る柵が壊れてしまったのだ。私たちは不器用だった。いくつものことを抱えることなんてできなかった。余裕なんて、持っていなかった。持て余したこの想いは、手放さなければならないことを私たちは知っている。知って、しまったのだ。そして彼は私が一番求めていなかった言葉を、口にするのだ。


「別れよう。」








(いつかきっと君を迎えに行く)


***
僕の知らない世界で様に提出。
131007


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