やさしさなんて知らなくてよかったころ

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この先の未来で、彼が私を選んでくれる保障なんてどこにもなかった。いつかその選択が、彼にとって重荷になってしまうことだって分かっていた。だから私は自ら身を引いたのだ。どうしても、彼が出すその答えを受け止めることなんてできなかった。彼に選ばれるという自信がなかった。どうしたって彼の一番はこの国の王様であり、私ではない。いくら彼と想いが通じ合っても、最後に選ばれるのは私ではない。そんな答えが分かり切ってる状態で、彼の側に居続けるほど、私は強くなかった。所詮私もそこら辺の女と一緒だったのだ。


「本当に出て行くのか。」


この国の王様である、シンは、私を引き止めようとしてくれた。国を出て行くと決めたその日から、彼はずっと私に考え直さないのか、と告げてくる。引き止めてくれることは嬉しかった。けれど、シンではなく、彼であったならと考える私は、本当にどうしようもない女なのだと、そう思った。


「もう決めたことだよ。覆すつもりはない。」


いつだって私は彼の力になりたかったのだ。彼の側に居て、どんなに些細なことであっても、見逃したくなんてなかった。彼が少しでも休めるように。彼が束の間の休息を得られるように。私はずっとそうしてきたのだ。彼の為でもあったけれど、全ては私の為でもあったのだ。彼の笑顔が見たかった。ありがとう、と私に笑いかけてくれる彼を独り占めしたかった。ただ、私は、彼が向けるその笑顔が欲しかっただけなのだ。どんなに綺麗事を言ったって、その本心は全部自分の為。私はずっとそうやって本当の心を隠してきたのだ。


「ジャーファルには、言ったのか。」


どうして、彼はその名前を出すのだろうか。私にとってその名前はもう、口に出すことすらできないのに。その名前が私の心を揺さぶる唯一のものなのに。彼はなんでもないかのように、その名前を口にする。知っているはずなのに。私がここを離れる理由が彼であると、知っているはずなのに。それでも彼はその名前を口にする。それが私を引き止める唯一のモノだと知っているから。けれど、私にはもうその選択肢はないのだ。この先、私がここに居ても、未来など見えないから。私にはもう、時間がないのだから。


「シン、私は、貴方たちに出逢えて幸せだったよ。この国で色んな事を学んだ。沢山の感情を知った。この国での出来事は全て、かけがえのないものだった。」


それまで知らなかったものを、この国に来て沢山知った。私を連れてきてくれた彼に、私は感謝してもしきれない。シンにだって、沢山お世話になった。ずっとこうしてこの国で過ごして行くのだと、思っていた。けれど、やっぱり私はどうやったって幸せになんかなれないのだと知った。彼が私を救い出してくれたこと事体、奇跡に近かったのだと、そう思った。もう、十分だ。あの場所で一生を終えるのだと思っていた。ずっとそう思っていたし、そう教えられてきた。だから、この国に来て、色んな人たちと出逢って、色んな感情を得て、私はやっと幸せという感情を得たのだ。これは夢だった、幻だった。短い夢の中に私は居たのだった。そして、この夢は終わらせなければならない。


「シン、ありがとう。私は幸せだったよ。本当に、嘘じゃないよ。」


いつか離れなければならないのなら、今がいい。まだ私は一人で歩いて行ける。今なら私はまだ自分を保っていられる。これ以上ここに居れば、私の心は揺らいでしまう。頼ってしまう、甘えてしまう、本当の気持ちを、言ってしまうかもしれない。けれど、未来など見えない私が、ここに居てはいけない。この国は、輝く未来の為にある。私がその未来を見ることはない。見ることが、できない。お別れなんてしたくない。叶うことならば、ずっと彼の隣で過ごして生きたかった。彼の笑顔を見ていたかった。小さな願いは誰にも届かずに、私の中で泡となって消える。それで、いい。それが、正しいのだから。


「真千、これを。きっとお前を守ってくれる。」


いつだったか、それは彼と並んで歩いたあの街で、私が気に入った物だった。太陽の光を借りて輝いて魅せるそれは、あの時諦めて買わなかったものだ。あの場所に、彼は居なかったはずなのに、どうして彼はこれを私に手渡すのだろうか。どうして彼は、これをシンに託したのだろうか。ずっと呼びたかった名前。笑った彼がそこに居るような気がして、涙が頬を伝った。ずっと一緒に居たい。ずっと彼の隣で一緒に笑っていたい。けれど、それは言葉にしてはいけない。言ってはいけない。彼の重荷になんかなりたくない。私は彼を守りたいのだ。彼の笑顔を守る為なら、私はなんだってする。例えそれが私に向けられたものでなくても、彼が幸せであるならいいのだ。想いは風化される。いつか、私の事だって思い出に変わる。記憶から消えるかもしれない。私という存在がなくなるかもしれない。けれど、それでも良かった。世界を知らなかった私に、世界で生きる喜びを教えてくれた彼。それだけで十分だった。彼との出逢いが私の全てだった。記憶は揺らいで、儚く消えていくものだ。そうして私も消えていくのだろう。


「ジャーファル、どうか、幸せになって。」



私はただ、それだけを願ってる。






(忘れてもいいなんて、ほんとは)



130521
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