やさしさなんて知らなくてよかったころ

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「僕はきっと、寂しかったんだと思うよ。」



そう呟いて、寂しそうに笑った君の姿が、私の頭から離れなかった。彼はいつだって誰かの上に立ち、誰かと対等な関係を結ぶ事はなかった。人の上に立つということは、それだけその人が孤立することに等しい。全てを統べる者として、それは必然であったかもしれない。けれど、彼だって私たちと同じ中学生で、いくら聡明な頭脳を持っていたとしても、やはり私たちと同じただの子どもなのだ。

彼が自らを追い込むようになったのは、水色の彼が居なくなってからではなかったか。こうなる事を予測していたに違いないのに、それを止める事をしなかった。ただ、事実として、彼は受け入れただけだった。未来を予測出来ても、彼は止める術を知らなかった。離れて欲しくなんかなかったはずなのに、いつまでもみんなと一緒に居たかったはずなのに、彼は何をする事もなく、ただ黙って水色の彼を見送った。

少しずつ、少しずつだけれど、亀裂は広がっていった。みんなの笑顔が少なくなった。楽しそうにバスケをしていたはずなのに、勝利に拘るが故に生まれた歪んだ執着。始めに気付いたのは居なくなってしまった彼だった。己の力を試したくて、より自身を見せつける者、己の力にやる気をなくした者。バスケが好きで練習がきつくても、楽しそうにやっていたあの頃面影はなくなってしまった。彼だって、笑わなくなった。勝利が全てであると、そう言い切ったのだ。



「勝つ事で、全てが正当化されるんだよ。」



それは自分に言い聞かせているようでもあったし、自身に対する暗示のようでもあった。勝つ事だけが正しい、負けたら全てが終わりであるかのような発言。この世の中で、負けることなんてたくさんあるだろう。負けて知る事のできることも山程あるというのに、彼はそれを認めなかった。負ける事を恥じであるかのように、勝利に貪欲になっていった。そんな彼の姿を、私は正す事が出来ず、水色の彼が居なくなってしまった時のように、ただ彼の背中を見つめる事しかできなかった。何もできない己の未熟さに、私はひっそりと涙を零した。

中学を卒業し、それぞれの進路へと別れた彼等は、またバスケを通じて出会うこととなった。勝利を手にした者もいれば、敗北を背負う者もいた。チームメイトという新たな仲間と共に、彼等は中学の時とは違う感情を生み出していた。個人の力が強すぎたが為に生まれてしまった亀裂。個人プレーが目立つようになって、彼等の中にチームプレーというものはなくなった。それに気付かない彼ではなかったはずなのに、彼は何もしなかった。ただ、壊れていく彼等を目の当たりにしながら、最後まで彼はバスケを続けた。



「赤司くんは、気付いていましたよね?」



再び私たちの目の前に姿を表した水色の彼は、新たな光を見つけていた。進路がそれぞれ別れた時から分かっていたことだったのに、彼が新たな一歩を踏み出してしまったことが、少し悲しかった。もう一度、彼等が笑いあって、力を合わせてプレーする姿を見て見たかった。諦めきれずに、私は僅かな希望を持っていたのだ。けれど、それはやはり無理な事なのだと痛感した。水色の彼は、あの頃とは違う光を、その目に宿していたのだ。

黒子くんのその言葉に、肯定も、否定も表す事なく、ただその言葉を咀嚼していた。私と言えば、物陰から二人の会話を耳にするだけ。偶々通りかかった時、彼等は対峙し、記憶を回顧していたのだ。黒子くんは亀裂にいち早く気付いていた。そしてそれは赤い彼も同様だった。気付いていたのに、彼は何もしなかった。いや、違うのだ。彼は何もしなかったのではない、できなかったのだ。崩れゆく鎖を、修繕する力など、彼にはなかったのだ。



「僕は、常に人の上に立ち、誰かと肩を並べる事なんてなかったんだ。」



崩れゆく関係に、不安を覚えたのは本当だった。けれど、その中にもしかしたらという興味が湧いた。このまま崩れ落ちてしまったのなら、その先には何があるのだろうか、と。壊れていく関係の中に、もしかしたら自分をただ一人の人間として見ることのできる、そんな世界が広がっているのではないかと、そう思ってしまったのだ。誰の為でもなく、ただ、自身の願いの為に、彼は壊れゆく関係を野放しにしたのだ。

彼は孤独だった。それを望んでいたかもしれないし、そうで在ろうとしたのかもしれない。けれど、人は一人では生きていけない。誰かの温もりに触れていたいと思う生き物なのだ。それがただ一人の人間であってもいい。誰かに必要とされ、必要とし、お互いを認め合う存在がなければならないのだ。その人にとって、掛け替えのない誰かを、見つける事ができれば、護りたいと思う人を見つける事ができれば、きっと孤独にも向き合う事ができるのだ。人はあらゆる試練に対峙した時、そこに居て、見守ってくれる、無条件に受け入れてくれるそんな人間を、無意識の内に探しているのだ。



「僕は、僕の為に護りたいと思う人が出来たんだよ。」



優しく、彼がそう呟いた。私はそんな二人の会話に耳を傾ける。偶々通りかかった時、対峙している彼等見つけた。私が、たかがマネージャーという立場で、割って入っていいような雰囲気ではなかった。けれど、帰ろうにも、彼等がいる場所を通らなければ、私が目的とする場所には辿り着けない。いけないとは分かりながらも、私は彼等の会話を聞いていたのだ。

そして彼は言った。護りたいと思う人が出来たのだと。その護りたい人の為に、彼は変わっていくのだろう。自身の為だと、彼は言った。それでも彼にとっては、掛け替えのない存在であることは明白だった。孤独と戦い、その最中に見つけたであろう、その存在に、私は酷く嫉妬した。ずっと見てきた。キセキの世代と言われる彼等を、赤い髪の彼を。人が一人では生きていけない事を、私は十分に理解していた。いつか壊れてしまうのではと思う彼の、支えになりたいと本気で思った。けれど、彼には彼が見つけたであろう、大切な人が居たのだ。やり場のないこの感情を私はどうする事もできなかった。



「それは、良かったです。」



君は危うい所が有りましたから。そう言い残して、テツヤは帰って行った。久しぶりに見た彼は、随分力強い目をするようになったと、年寄りくさい考えに覆われた。だがすぐに別の事で頭が一杯になる。きっとその陰で泣いているであろう彼女に対して、僕は僕の持つ全てを掛けて、今までの感謝と、その中で生まれた新たな想いを、口にしなくてはいけないからだ。ずっと見守ってきてくれていた事を知っている。常に僕という人間を、暗闇から救い出してくれていた事を、彼女は知らないだろう。だから今度は、僕が彼女を暗闇から救い出すのだ。そして二人で、何時迄も手を取り合って、生きていけたらと願うのだ。彼女も同じ気持ちであると、そう信じて僕は彼女へと歩み始めるのだ。その先にある彼女の笑顔を護る為に。







(笑わせるのも、泣かせるのも、僕だけでいい)


130213
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