やさしさなんて知らなくてよかったころ

Information

spanで下線
markでマーカー
strongで重要事項
emで強調
セクションリンク
class="link"

class="left"で左揃え

midashi

section>section

Main contents

Long story

定義リスト
テキスト
リンク *
テキスト

Short story

icon
short | ナノ



綱吉が、死んだとボスに聞いた。聞いた瞬間にああそうなのかと、すとんと胸の中に落ちてきた。そして私は何事もなかったかのように、その場を後にした。泣くことはなかった。哀しいとも、寂しいとも、どうして、なんて事も思わなかった。ただ、事実として告げられたその言葉を、私は受け入れたにすぎなかった。

不思議だった。何故泣く事をしなかったのか。私は綱吉とは世間でいう恋人という関係だった。私も綱吉もお互いに愛し合っていたし、その気持ちが偽りのものだなんて思っていない。けれど、私は泣くことをしなかった。何も、思わなかった。やっぱり私は冷酷な人間だったのだろうか。

ヴァリアーに所属している私は、幼い頃からそこが居場所だった。人を殺すことに戸惑いなどなかった。綱吉に会うまでは。綱吉はボンゴレのボスだと言うのに、その性格は正反対のものであった。優しくて、人の痛みを自分のことのように背負い込む。そんな綱吉に最初は苛立ちを感じた。何て生温い事を言う奴なのかと。マフィアのボスとして、ボンゴレのボスとして、認めることなどできなかった。



「俺は、卑怯な人間だから。護りたい人たちが居るからこの場所を利用するんだよ。」



綱吉は、そう言って悲しそうに笑った。この人はきっと、今まで自分がしてきた事を忘れることなどしないのだろうと思った。ずっとそうやって、背負って生きていくのだと思った。私とは大違い。今まで私がしてきたことなんて、きっと綱吉より残忍なもので、その数だって数えきれないくらい多いのだ。数の問題じゃない。綱吉はもし私と同じ立場に立ったとしても、それらを決して忘れることなどしないのだろう。



「綱吉は、いつか押しつぶしされてしまいそう。」
「えっ?」
「いつか、きっと心が壊れる。」



優しい彼は、その背負っているモノに、いつか押しつぶされてしまうのではないかと、不安になった。彼は弱音を吐くことなどしなかったし、全部一人で飲み込んでしまっていた。辛いと、言っても良かったのに。私の前でなら弱い沢田綱吉になっても良かったのに。彼は、ずっとボンゴレのボスとしての沢田綱吉を貫いた。それが少し、悲しかった。

恋人という関係になっても、綱吉は変わらなかった。もちろん私を大切にしてくれた。愛してくれた。でも、ボンゴレのボスという、その壁はなくならなかった。その事が酷く私を不安にさせた。この関係さえも、彼は大切な人たちを護る為に利用しているのではないかと、そう思った。ヴァリアーとの関係を保つ為に、私を利用しているのではないかと思った。私の気持ちを利用しているのではないかと、そう思うようになった。

今思えば、彼はその事に気づいていたのかもしれない。感情が表に出るような人間ではないけれど、彼には超直感というものがあった。私が考えている事を見抜いていることがあった。それが恥ずかしくて、なるべく隠そうとしていたけど、綱吉の前では通用しなかった。拗ねてしまう私を、綱吉はクスクス笑って機嫌が直るまで頭を撫でてくれた。それが私は大好きだった。

綱吉とは、少しずつ距離が空くようになった。原因は私。よそよそしくなる私を、綱吉はあの悲しげな瞳で見ていた。本当は気付いていた。綱吉が悲しそうに私を見ていた事を。でも私は逃げた。その瞳から、私は逃げた。自分を守る為に、傷つかない為に。ねえ、綱吉。卑怯な人間って言うのは、私みたいな人間の事だよ。



「久しぶり。長期任務だったんだって?」
「…うん、そう、だよ。」
「俺、好きだよ。」
「…えっ?」
「真千の事、好きだよ。」
「…嘘、」
「嘘じゃない。本当に好きだよ。」
「嘘だっ!」



もう、私はおかしくなっていたんじゃないかと、思う。綱吉はあの時嘘なんてついていなかった。本当に私を好きだと言ってくれていた。もう一度、やり直す機会を、作ってくれていたのに。私は受け入れずに、綱吉を拒絶した。酷く傷ついた顔をして、私を見ていた。怖かった。綱吉の思いが本物である事が。私はヴァリアーで、綱吉はボンゴレのボスで。同じマフィアという立場であっても、考え方は全く違う。人を殺す事に関しての価値観の違い。何の抵抗も感じない私と、全てを背負っていく覚悟をする綱吉。私たちはきっと一番遠い。



「真千、信じられないのなら信じなくてもいいよ。だけど、これだけは覚えていて。」



そう言って、囁いた言葉を遺して、綱吉は部屋を出て行った。あの悲しげな顔をして、笑っていた。そんな顔をさせたいわけじゃないんだよ。いつも、笑っていて欲しいんだよ。あの陽だまりのような笑顔を、欲張りを言うのなら、その笑顔の理由が私であって欲しいと、そう思っているのに、私はいつも綱吉を傷つける。本当なら優しくされる資格なんて、もうとっくにないのに。それでも綱吉は、私を想ってくれるの。私を愛してくれるの。側に、居てくれるの。

その気持ちに応えたいと思った。私も綱吉が好きだと、伝えたいと思った。やっと決意したのに、彼はもう帰って来なかった。静かに目を閉じて、何もその瞳に写していなかった。

泣かなかったんじゃない。何も思わなかったんじゃない。泣けなかった。思えなかった。綱吉が死んだなんて、そんなの信じたくなかった。まだ伝えてないの。私の想いを、私の気持ちを。綱吉が好きだと、愛していると、まだ伝えてないの。綱吉、綱吉、弱くてごめんね。逃げてごめんね。貴方の想いを受けとめることなどしないで、自分を守る事に精一杯だった私を、どうか許さないで。一生恨んでいて。誰も、私を許す事などしないで。

愛してる、そう呟いた言葉は暗闇に溶けて消えていった。




(悲しげな瞳が揺れて私を離さない)





130131
- ナノ -