やさしさなんて知らなくてよかったころ

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まるで壊れ物を扱うような手つきで触れる。触れるくせにそこに彼の気持ちはない。本当は強引に抱き締めてしまいたいくせに、自分のものにしてぐちゃぐちゃにしたいくせに、彼はそれをしない。自分を圧し殺して、密かに黒い感情を隠す。彼の視線は、たまに酷く歪む。独占欲の塊が姿を表すのに、それは瞳の内だけで済まされる。彼は決して表に感情を出そうとしないのだ。だって彼の想いは彼女を困らす以外の何物でもないから。

「それでね、今度宮地くんとカフェに行く約束をしたの!」
「そう、よかったね月子。」

バカみたいに優しい笑顔で彼は彼女に寄り添う。純粋な彼女に自分の気持ちを悟られないように、内側に全てを隠して仮面を貼り付ける。幼馴染み、その言葉が彼を縛っていることを知っている。けれどその言葉が彼を救っていることも知っている。幼馴染みだから、彼は彼女の隣に居られる。幼い頃から自然なことだったから、彼はまだ彼女の側に居られる。だがそれもそろそろ限界らしい。彼女には好きな人が出来た。一人の女性として、彼女は彼から離れようとしている。それを彼はきっと悔しくて、辛くて、悲しいのに受け入れようとしている。否、受け入れなければならない状況になってしまった。だって彼の想いは彼女に届いていないから。

「東月は仮面を作るのがお上手ね。」
「…嬉しくない褒め言葉だね。」
「あら、私としては最高の褒め言葉よ?」
「そう、じゃあそれは最高に俺を苦しませる褒め言葉だね。」

知っている。私は彼が仮面を貼り付けることに苦痛を感じていることを。好き好んで仮面を貼り付ける者はいるけれど、彼、東月はそちら側でないことを知っている。知っていて言った。彼を更に苦しめる私は何なんだろうか。私は何がしたいのだろう。もし、彼が仮面を脱いだのなら、彼女はきっと彼の側には居られない。今までのようには過ごせない。優しい彼女ならもしかしたら側に居ようとするかもしれない。けれどそこにはもう見えない壁があって、それはきっと永遠に崩れないのだ。だから東月は仮面を貼り続ける。彼女との一線を越えない為に。彼女の隣に居続ける為に。

「東月は可哀想ね。」
「…何故?」
「だって、東月の気持ちは報われないもの。」
「…分かってる。」
「きっと永遠に無理ね。」
「…それも分かってる。」
「それに、月子と宮地はとてもお似合いだもの。」
「…分かってる!」
「そうよね、だって愛しの月子が選んだ相手だものね。」

静かな教室に机が倒れた騒音が響いた。東月が机を倒した。私を黙らせる為に、殴る代わりに。私に確かな怒りを覚えているはずなのに、それでも東月は私を殴らない。バカな奴。私は貴方に殴られる程のことをしたのに。貴方の傷口を抉ったのに。東月が必死に隠していたものを私は表に引きずり出した。東月が必死になって、蓋をしていた気持ちを私は引きずり出した。だってそうしないと貴方は、きっと、

「俺を怒らせたいの?」
「…さぁ、分からないわ。」
「ふざけるなよ。」
「ふざけてなんかいないわ。私は思ったことを言っただけ。」
「俺が!俺が月子を好きだと知っていて言うのか!」
「そうね、そうよ。」
「何がしたいんだよ!俺にどうしろって言うんだ!」
「強いて言うなら、仮面を脱がしたいわね。今みたいに。」

作り物の表情なんかいらない。私は本物が見たい。本物の、偽りのない東月が見たい。苦しいのなら苦しいと叫べばいい。月子が好きだと言うのなら、好きだと叫べばいい。悔しいなら悔しいと叫べばいい。宮地より俺の方が好きだと思うなら、そう叫べばいい。全てさらけ出せばいい。私の前で、全てをさらけ出せばいい。本人たちには言えないのなら、せめて私に吐き出せばいい。

「…どうしてそんなことがしたい。」
「ふふっ、興味があるからよ。貴方と月子と宮地の三角関係に。」
「つまりは、俺たちで楽しんでるのか?」
「その通り!端から見る分には貴方たち最高よ!」
「…里中さんがそんな人だとはね。」
「あら、知らなかった?」

東月が楽になれると言うのなら、私は喜んで悪者になろう。東月が気持ちを吐き出せて、溜め込まずにいられるのなら。八つ当たりだっていい。東月が外に吐き出す行為をしてさえくれれば。きっとこのままでは東月は壊れてしまう。壊れていく東月を見るのは私にとって最悪の事態だ。壊れずにいてくれるなら、私に八つ当たりすることでまだ理性を残してくれるなら、私は喜んで東月の吐き口になろう。私にはそれしか出来ないから。部外者な私が中に入ることは許されない。だからせめて外から東月を支えたい、と思うのは私のただの自己満足。でも、それでも私はこの役目を担いたい。



(貴方が好きな私はきっと邪魔だから)



110719
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