やさしさなんて知らなくてよかったころ

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幼い時からどうやら私は他人に対する共感能力がとても高かったらしい。どんな些細な事でも、まるで全てを見ていたかのように感じる事ができた。けれど、裏を返せばそれはとても危険な事であった。他人の気持ちが手を取るように分かってしまうという事は、もちろん犯罪に関わる者たちも例外なく当てはまるという事である。そして私は気付いたら潜在犯として、社会から隔離されていたのだ。


「志恩さーん、これ解析終わりましたー。」
「あら、早かったじゃない。じゃあ次これねー。」
「ちょっ、鬼ですか貴女!」
「しょうがないでしょ、人手不足なのよ。」


此処は公安局総合分析室。現在、私の職場でもある。社会から弾かれた私は厳重に管理された鉄格子の中に居た。何をする訳でもなく、淡々と日々を過ごす毎日だった。けれど、私はある時其処からでる事になった。どうやら上の方々が私を利用できると判断したらしい。あれよこれよと言う間に私は外に出されて連れて来られたのは公安局だった。だが、其処は今の職場ではなくて潜在犯を狩る者、執行官としての私だった。

要は共感能力が異常に高い私なら、潜在犯を見つけるのは容易い事だと判断されたらしい。もちろんその通りで、私は次々に潜在犯を捕らえていった。このドミネーターで多くの者も殺めた。気付いたら検挙率トップ。まあ潜在犯の思考が読めてしまうのだから当たり前と言えば、当たり前だった。けれど、数年経ったある日、問題は起きた。

同じ執行官という立場にある者が、死んでしまったのだ。遺体を見つけたのはその頃の私の上司だった。彼はその衝撃で監視官から執行官へと降格になった。そして降格したのは彼だけではなかった。私も、降格させられたのだ。理由は殆ど彼と同じであった。あの衝撃は私を壊すには充分だった。犯罪係数が、300超えなんて、充分執行対象に値する。その場で殺されても文句は言えない数値だった。

けれど、殺される事はなくて、私はまた鉄格子の中に隔離された。まだ私は利用価値があると判断され、だが具体的には決まらず、怠惰な日々を過ごしていた。そしてそこでは私は明るい髪をした、それまた明るい、軽い口調で話す彼と出逢ったのだ。この出逢いが私の人生を変えていった。


「あれ?志恩さん、これ違う部署のでは?」
「あら、混じってたのかしら。悪いけど届けてきてくれるー?」
「ええー。自分で行ってくださいよお。」
「文句言わずに行く!」


結局志恩さんに押し切られ、私が届けに行く事になった。だがそこではたと、気付く。この書類を必要としている部署はもしかしなくても、彼が居る所ではないだろうか。確か今日は出勤のはすだ。緊急な出動がなければ会えるはず。段々と軽くなる身体を弾ませて目的地へと向かった。


「縢なら今さっき伸元とコウと外に出てったぞ。」
「…タイミング悪好きじゃありません?」
「何か用だったのか?」
「書類、混ざってたから持ってきたんですけど…。」
「そんな事あるのか?」
「…多分、志恩さんの仕業。」


そう、書類なんて厳重に管理されているのだから混ざるなんてありえない。これは志恩さんが気をきかせてくれたと踏んで間違いない。とは言えその本人が居ないのでは意味がない。折角会いに来たのに。さっきまでの気持ちが嘘かのように、沈んでいった。もちろんその事に気付いている征陸さん。私の頭をぽんぽんと優しく叩いてくれた。この人はいつも皆を見守っている。その対象に私も入っている事は素直に嬉しかった。


「まぁまぁ、そんな落ち込みなさんな。そんなデッカい山じゃなかったからな。そのうち帰ってくる。」
「…とりあえず書類は渡しておきます。これから私休憩なので、もし間に合いそうだったら秀に伝えといて下さい。」
「ああ、分かった。伝えておこう。」


征陸さんにお礼を言って、私は休憩の旨を志恩さんに伝えるべく、一度本来の職場へ戻る。今日は殆ど休憩なんかしていないから、きっと許してくれるだろう。大方の仕事はさっき終えたし、うん、きっとなんとかなるだろう。

以外とすんなり休憩を貰えた私は、一息ついて休息タイムだ。案外簡単に休憩を貰えたものだと、不思議に思っていた所、遠くの方で私の名前を呼ぶ声が聞こえた。辺りをキョロキョロと見渡して、ようやく明るい髪の、私の大好きな彼を見つけた。にこにこしながら駆け寄ってくる様は、まるで犬のようだと思ったのは秘密である。


「秀!案外早かったね、お疲れ様!」
「まあそんな大きな事件じゃなかったからさ。良かった、間に合って。」


どうやら征陸さんの言伝を聞いて、大急ぎで私を探してくれたらしい。彼の額にはうっすらと汗が見えた。それがまた嬉しくて、私は秀に抱き付いた。本来ならこんないつ人が来るかも分からないような場所で、抱き着く事はしないのだが、今日は一度会えなかった分、いつもより秀が恋しかったようだ。自覚してきたら今度は恥ずかしくなってしまい、顔を見られまいと秀の胸に顔を押し付けた。


「珍しいじゃん。何かあった?」
「別に…ただちょっと、そんか気分になった、だけ!」
「ふーん、じゃあさ、」






(このまま仕事、ばっくれちゃおうか)




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