やさしさなんて知らなくてよかったころ

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涼太がモテる事なんて始めから分かっていたことだった。スタイル良し、顔も良し、バスケも上手いし、おまけにモデルをやってるときた。こんな人が同じ学校に、ましてや同じクラスにいるならば、誰だって気になるし、目を奪われる。話してみたいと思うし、あわよくば恋人になりたいとか。そんな事を思う女の子なんて沢山いる訳で。そこで要らん妬みを請け負うのが、そんなパーフェクトな涼太と幼馴染みである私なのだ。


「あの、これ涼太くんに渡してくれないかな?」


ぱっちりお目々の二重まぶた。小顔で女の私でも惚れてしまいそうな、隣のクラスのミス海常に声を掛けられた。顔を赤くして、震える手の中にあるのは、白地に花が描かれたシンプルな手紙。綺麗な字で「涼太くんへ」と書いてあった。彼女の様子を見れば、それがラブレターだと言うのは丸分かりで、ああまたか、なんて思う私がいた。


「直接渡した方がいいと思うけど?」
「むっ無理だよ!里中さんに渡すのだってこんなに緊張してるのに!」


半ば強引に受け取ったその手紙を、私は涼太に届けるべく、体育館に向かった。とは言え今は部活中である。直接涼太に渡す事は出来ない。だからいつものように、鞄に忍ばせる。部室は自由に出入り出来るようにお願いした。もちろんバスケ部の部長さんにだ。涼太が忘れ物をしたり、届け物が多かったりするので、許可を頂いたのだ。だから今日も戸惑う事なく、ドアを開けた。


「はっ?えっ?!」
「えっ?」


いつもなら体育館で部活を始めているはずの涼太が、何故かまだ部室に居た。しかもタイミングが良いのか悪いのか、着替え真っ只中であった。幼馴染みなのだから、今更黄色い悲鳴なんて出やしないのだけれど、それでも昔とは違う、男の人になった涼太の裸を見たら心臓がドクリと脈を打った。


「ちょっ何で普通に入って来てんスか!」
「えっ、あっごめん。つい。」
「ついって!せめてノックとかして欲しいっス…。」


一瞬、反応に遅れてしまったけれど、それ程気にする事もなく、涼太は着替えを終えた。そこではっと思い出す。私が何故ここに来たのか、その目的を果たすべく、涼太に近付き可愛らしい便箋を突き出した。


「えっと…?」
「預かったの。涼太に渡して欲しいって。」
「ああ、そうだったんっスか。」


慌てる事も、顔を赤くする事もなく、便箋を受け取った。私が涼太にラブレターを仲介するのは珍しい事じゃない。幼馴染みというレッテルは、器用に利用されるのだ。何度も仲介するうちに、お互いに慣れてしまった。ラブレターを貰う事に、渡す事に、傷付く事に。幼馴染みなんて、いい事なんてありはしないのだ。側に居れるのが羨ましい、家に自由に行き来できるのが羨ましい、名前を呼び捨てで呼ぶ事が羨ましい。そんなの、要らなかった。結局はどれも異性として意識していないから出来るもので、私の中に何時の間にか存在していた想いは、幼馴染みという関係によって縛られる。好きだと伝えてしまえば、今までの思い出は崩れ落ちて、修復なんて出来なくなる。可能性なんてない。涼太はきっと好きな人がいる。それはきっと私じゃない。


「じゃあ、渡したからね。部活、頑張ってね。」
「あっはいっス…。」


いつも通りに、自分の想いは隠して、心臓がちくりと痛む事に気付かないフリをして、部室を出ようとした。けれど、それは叶わなかった。涼太が、私の背後から扉を抑えていた。どうして、そう思いながら振り返れば、其処には何かを我慢した表情があった。眉間に皺を寄せて、何かを言い掛けるその口は音にならず、ただパクパクと閉口を繰り返すだけ。涼太、そう名前を呼べば彼ば深呼吸をした。


「ずっと、言おうか迷ってたんス。」
「うん?」
「どうして、いつも…泣きそうなんスか?」
「えっ、?」
「バレてないと思ってたんスか?いつも俺にラブレター渡す時、一瞬泣きそうな顔してるんスよ?」


知らない、そんなの知らない。だって、隠していたはずだもの。そんなばすないよ。なのに、どうして否定出来ないのだろう。だって本当なんだもん。嫌だと思っていたのは本当なんだもん。いつもいつも、手紙を受け取る時、羨ましかった。想いを伝える事が出来る事が。その勇気が羨ましかった。私にはそんな勇気なくて、今の関係を壊してまで、想いを伝える勇気なんてなくて、だから羨ましかった。震えて赤くなる女の子達が、羨ましかっの。


「私、羨ましかったの。涼太に告白出来る女の子達が、羨ましかったの。」
「それって…。」
「好きだよ、ずっとずっと、涼太が好きだったんだよ。」


今、勇気を振り絞らないで、いつ振り絞ると言うの。可能性なんてなくても、それでも私だって、涼太に異性として見て欲しかった。私を恋愛対象として見て欲しかった。溢れ続ける涼太への想いを、知って欲しかった。ねえ、私涼太の事が大好きなの。例えモデルをやっていなくても、かっこ良くなくても、私はきっと涼太を好きになったよ。私は涼太の優しさが好きだよ。泣き虫な所も愛おしいんだよ。


「先に、言われちゃったっス。」
「えっ?」
「俺だって、ずっと好きだったんスよ。」
「ほん、とうに?」
「本当っスよ!ラブレター貰う度に何回傷付いた事か…。」



「好きだよ、ずっと昔から。だから、俺と付き合って。」





(抱き付いて、頷く君がとても愛おしい)




120927
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