やさしさなんて知らなくてよかったころ

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私には一つだけ特技がある。
それは黒子テツヤという人物を決して見失ったりしない事だ。皆が口を揃えて影が薄いと言う程の彼は、自分自身にも自覚があるようで、バスケ部に入っている彼はそれを活かしたプレーをしているようだ。けれど、私には彼が影が薄い存在だとは思えなくて、寧ろ周りの誰よりも輝いている存在だと認識している訳で。つまりは、そう、そう言う事なのだ。

この気持ちに気付いたのはそんな昔の事ではない。つい最近という訳でもないが、まだこの感情に戸惑いを持っているの事実である。彼とは同じクラスではあるが、話した事と言えば事務的な内容だけである。本当はもっと彼と話してみたいのだけれど、いかんせん臆病な私は自分から話し掛けるなど、大それた事は出来ない。だからと言って向こうから話し掛けてくれるのを待つ程、彼とは友好的な関係ではないので、結局はただ見つめるだけに留まってしまうのだ。日々想いは溢れていくのに、話し掛ける事さえも出来ずにいるのだ。

ところが一変。黒子くんと同じ委員になる事が出来た。余った委員に適当に当てはめられただけなのだが、そのもう一人は黒子くんだったのだ。これは話し掛けるチャンスだ。事務的な事でもこの際どうでもいい。彼と会話が出来るのなら、私は何だってしよう。例え活字を見ただけで吐き気がしてしまう私が図書委員になったとしても。


「じゃあ、この紙にクラスと氏名と、日付を記入して下さい。」


もし神様が本当に存在するのならば、私を喜ばしたいのか、そうでないのかはっきりして欲しいと思った。黒子くんと同じ図書委員となった私だったが、図書室では静かにするのが常識である。そんな中、黒子くんと話す事などないに等しい。今もこうして事務的な会話を、顔も名前も知らない男子としているだけ。黒子くんは本の整理整頓をしており、席を外している。会話という会話は本日ゼロである。それでもクラス毎に当番をする事になったのは、とても喜ばしい事なのだけれど。確実に黒子くんと一緒にいる時間が、一週間に一度はあるという事だから。


「里中さん、整理整頓終わったので受付手伝いますよ。」
「あっありがとう!はっ早いね!」


黒子くんが隣の椅子に腰を降ろす。私の心臓はうるさい位に脈を打っていて、このままでは心臓が破裂するのではないかと思う。隣の黒子くんにも聞こえてしまいそうな程、私の心臓は大きな音を立てていた。


「里中さん、もしかして具合が悪いんですか?」
「えっ?えっ?そっそんな事ないよ?」
「そうですか?でも顔が真っ赤ですよ?熱でもあるんじゃないですか?」
「?!だっ大丈夫!心配いらないよ!」


心臓が悲鳴を上げているのが分かった。自分の顔が更に熱を持つのも分かった。もう何もかもがパンク寸前で、これ程までに早く閉館時間が訪れればいいと願った事はない。これ以上黒子くんの側に居たらきっと私は倒れる。絶対気絶する。それでもやっぱり黒子くんと同じ場所に居たいと願う自分もいて、頭の中がぐるぐる回って何も考えられなくなる。黒子くんしか見えなくなる。静寂な図書室の中で、私の瞳は黒子くんしか映さなくなる。


「里中さん、本当に大丈夫ですか?」
「うっうん!大丈夫!気にしないで!」
「…少し聞きたいのですが、」
「うん?」
「里中さんが真っ赤なのは、僕が関係してますか?」
「?!?!?えっ?!えっ?!」
「すみません、困らせる気はなかったのですが、ちょっと気になったので。」


何がどうしてこうなった!まさかの発言で私はさっき以上にパニックになる。わたわたとしていれば、目の前の黒子くんは少しだけ笑った。わっ笑った?!何で笑うの、何でそんな優しそうに笑うの。そんな風に笑われたら、有らぬ妄想をしてしまいそうで、怖くなる。あり得ないと頭では分かっているのに、もしかしたら、という想いが消えてくれない。ねぇ、その笑みにはどんな意味が込められているの、それは私が聞いてもいい事なの。


「これは、自惚れてもいいですよね?」


そう言って額に訪れた温もりを、私はきっと、一生忘れられない。




(くるくる変わる君の表情をもっと見たくなった)



120909
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