やさしさなんて知らなくてよかったころ

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好きになるのに理由なんてない、そう言った彼はとても真っ直ぐに私を見つめていた。そのオッドアイの瞳は濁りがなくて、ただ単純に綺麗だと思った。そしてどうしようもなく惹かれた。何よりそんな瞳をする君に、真っ直ぐに見つめてくる君に、私は否応なしに惹かれてしまったのだ。例えそれまで一度も話した事がなくとも。


「征十郎はどうして私を好きになったの。」


あれから数年、私たちは大人になった。人生の節目でもあるお祝いも終えた。久しぶりにあった同級生たちはみんな大人びて綺麗になっていた。私自身も少しは成長したと自負していたけれど、身近に下手したら女の私よりも綺麗なんじゃないかと思う彼がいては、その自負も根こそぎ奪われると言うものだ。征十郎は歳を重ねる毎に綺麗になっていった。男の人に綺麗だなんて失礼かもしれないけれど、征十郎にらぴったりな言葉だと思うのだ。そしてもちろん綺麗だけじゃなくて、かっこいい。彼女であるはずの私が引け目を感じるくらいに征十郎は美しかった。


「告白の時に言わなかったか?」
「きっかけとかあるんじゃないの?」


別に不安な訳じゃない。征十郎が綺麗なのは始めから分かっていた事だし、それを承知の上で告白を受け入れた。疑問に思ったのだ。征十郎なら引く手数多だったと思う。その中から私だけが選ばれて、不思議に思わなかった訳じゃない。顔はちょっと身内贔屓をしたとしても中の上ぐらいだ。特別美人な訳じゃない。だからこそ思う。征十郎はどうして私を選んだのか。そもそも何処で私を知ったのか。それが知りたい。


「放課後の教室で寝ている姿を見たのがきっかけだよ。」
「ええ!?いつ?!」
「まだ入学して間もないころだよ。」


そんな所を見られていたのか。特にまだ部活を決めていなかった私は放課後が暇だった。誰も居なくなった教室は静寂に包まれていて私は好きだった。遠くから聞こえてくる部活動の様子を耳にしながら、私は机に頭を預けていた。寝る気なんてないのだけれど、静かな空間は私に眠気を誘った。何回かそのまま寝てしまった事はある。すっかり暗くなった窓を見て、慌てて帰った記憶もある程だ。それを征十郎に見られていたのか。しかも一方的に見られていた。

耳が赤くなるのが分かった。恥ずかしい所を見られていた事、征十郎が私を知ったきっかけが、そんな私の間抜けだった事。私を羞恥の渦に落とすには十分だった。見られていた、知られていた。頭の中がぐるぐる回って、恥ずかしさでいっぱいになる。しかも入学して間もない頃だったなんて。全てが私に羞恥を煽る材料だった。


「寝顔がとても可愛いと思ったんだ。」
「…嘘は良くない。」
「心外だな、僕は嘘なんかつかないだろう。」


ふわりと優しく征十郎が笑うから、私にだけ見せてくれる笑顔で笑うから、だから私は征十郎を益々好きになる。見惚れるぐらいの笑顔は私のもので、それが私の全てを満たしていく。征十郎への気持ちが溢れ出す。好きだと思う、愛しいと想う。征十郎の全てを愛しく想うこの気持ちは、きっと一生消える事などなくて、きっと征十郎も
同じ気持ちを持っていてくれるんじゃないかって思うのだ。自惚れなんかじゃない。征十郎が向けるこの笑顔が証拠になる。


「征十郎、好きよ。」
「僕は愛しているよ。」




(口も、手も、瞳も、全てが僕のモノであるのだ)



120827

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