やさしさなんて知らなくてよかったころ

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ばしゃっと冷たい水を掛けられた。何て典型的な展開だろうかと、一人溜め息を吐いた。季節は猛暑が続く暑い夏。ただの水浴びだと思えば気も紛れるだろうと、楽観的に解釈をする。目の前で喚く女の子たちなど無視をして。


「思いあがってんじゃないわよ!幼馴染みだからってベタベタし過ぎなのよ!」
「赤司くんだって迷惑してるじゃないっ!」


ああ、くだらない。女の嫉妬ほど醜いものなんてないんじゃないだろうか。そもそも私は征十郎に対してベタベタしてるつもりはない。あくまで私の中では普通のつもりだし、ずっとそう接してきたのだ。この女の子達が言うように、私と征十郎は幼馴染みだ。小さい頃からずっと一緒に遊んできた。何をするにも私たちは一緒だった。だから、無理なものは無理。それは私に人生をやり直してこいと言っているのと同じなのだから。


「そもそも何で貴女達にとやかく言われなくていけないの?」
「貴女たちに征十郎の何が分かると言うの。」
「こんな事する暇があるなら、征十郎に振り向いてもらう努力をしたら?」
「はっきり言って、滑稽よ。」


鋭く突き刺さるような感触が、頬に走った。叩かれたのだ、目の前の女の子達に。熱を持ち始める頬に口元がゆっくり上がっていくのを感じた。ああ馬鹿な人たち。手を挙げてしまえば、物的証拠が残るようなものなのに。私が誰にもこの事を言わないとでも思ったのだろうか。そんな事、あるわけないじゃないか。私には痛いと言える口がちゃんと付いているのだから。ねえ、この事を彼が知ったら、どうなるかな?


「口で勝てないから暴力?本当に滑稽ね。」
「うるさいっ!貴女なんか…貴女なんかっ!」


狂気が紛れ、吐き出されたその言葉の続きを、私は目を瞑って待っていた。けれどその続きは降って来なくて、勿論痛みも降ってこない。そっと瞼を開けてみれば、そこには見慣れた真っ赤な彼が立っていた。


「あっ、赤司くん…!」


手を握られている女の子の顔色は、笑ってしまう程真っ青になっていった。目をぐるぐるさせて、小さく震えている。征十郎の背中越しでは、彼がどんな表情をしているか見る事が出来ないけれど、きっと恐ろしい顔をしているに違いない。私と話していた時は真っ赤だった女の子達は、今はその真逆の状態にあるのだから。


「今、何をしようとした?」


低い、冷たい声が耳を伝う。ひっと小さく女の子達が息を飲んだのが分かった。ああ、これは大分お怒りのようだ。未だに腕を掴んでいる征十郎。その腕にはきっと痕がついしまうのではないだろうか。その痕は呪いのようだと一人勝手に解釈した。


「征十郎、私お腹が空いちゃったな。」


女の子達を助ける為の言葉ではない。ただ単に、本当にお腹が空いてしまっただけ。決して見つめ合ってるのが嫌だとか、女の子の腕を掴んでいる征十郎が嫌だとか、そんなんじゃ、決して、ない。


「その前に保健室だ。」
「ええ。お腹空いたよお。」


はあ、と小さく溜め息を吐いた征十郎は、女の子の手を離し、今度は私の手を握った。それは決して痛めつけようとしている物ではなかった。それだけで、自然と頬が緩くなるのが分かった。征十郎に手を引かれながら、さっきまで私に、散々喚き散らした女の子達をちらりと見やる。目がバチリと合った赤く痕が付いた女の子に、目を細めて口元を上げた。残念だったね、貴女はきっと、一生振り向いて貰えないね。女の子が顔を歪めたのが見えた。


「征十郎、お腹空いたよ。」


手を引かれてやってきたのは保健室。氷の入った袋を、頬に当てられている。冷たいその感覚がひりひりと痛みを持ち始めた。私が眉を下げでも、征十郎は氷を退かす気はないらしい。私としてはそろそろ離して欲しいのだれど、それはダメなようだ。征十郎はそんな私をただ見詰めるだけだった。


「どうして避けなかった。」


真っ直ぐな瞳が私を射抜く。どうして、何て、理由は簡単だ。避けなかったんじゃない。避けられなかったんだ。本当は、怖かったんだ。あの子達が私を見る目が、怖かったんだ。散々煽るような物言いをした癖に、何を言うというのか。そんなの私をだって分かってる。酷く捻じ曲がった性格だって事くらい、私だってちゃんと知ってる。だから不安にもなる。考える時だってある。それは何時だって、私の中で消えてくれない。


「どうして、だろうね。」


どうしてこんなに捻くれてしまったのだろうか。弱い心に仮面を貼り付けて、本当の私は静かに眠った。虚勢だけが私を守る壁。私が私として存在する為の、絶対的な防御壁。月日が経つ毎に、私のそれは層を厚くした。でも決して遮断したい訳ではない。何処かできっと繋がりを求めてる。だからこうしてたまに亀裂が入る。それを入れるのは決まって征十郎なのだけれど。


「ねぇ、征十郎は、私の側に居てくれる?」


小さく弱々しい声が、私の口から吐き出される。それは願いであって、希望でもあって、祈りでもあるのだ。真っ赤な彼にしか吐き出せない、私の本当の姿。依存しなければ、生きていけない哀れな生き物。本当に滑稽なのは私だと言うのに、それを私は仮面で隠す。ほら、くだらない私の出来上がり。


「お前は、俺のモノだ。」







(他のモノなんて必要ない、)



120801
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