やさしさなんて知らなくてよかったころ

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いつも思っていた。私は何の為にここに居るのか、どうしてこんな所に居るのか。身内とは縁を切られ、常に死と隣り合わせになるあの戦場で、私は何の為にそこで力を振るうのか、明確な目的もなく、思いもなかったのだ。そう、あの人に出逢うまでは。輪を育成する為の特別な訓練施設クロノメイ。私は実の両親にお金で売られたようなものだ。将来的に私を輪に入れる事で、自分達の生活を保障させようとしたのだ。私は両親の保身の為に売られた。そんな私が自ら積極的に勉学に励む事もなく、ただ日々を無気力に過ごしているだけだった。そしてそんな私は何時の間にか落ちこぼれというレッテルを貼られていた。

「無能な奴はあっち行ってろよ。」
「邪魔なんだよ、お前。」
「やる気がないならどいてくれない?」

やる気がないのは事実だったから、私はさほど気にする事もなく、ただ何も思わずに、流れに身を任せていた。輪になる為の訓練。そんな物に私は何の意味も見出せなかった。輪を目指す者にとって、私は嫌悪の対象以外の何者でもないだろう。みんな必死に訓練を受けて、試験を受けて、日々努力して過ごしているのだ。そんな中私は何もせずに、不真面目な態度ばかり取る問題児だ。やっかみの対象になるのも当たり前という訳だ。その事にすらも無頓着であったから、余計に皆の癇に障ったのだろう。それでも私はやっぱり意味を見出せなくて、努力などしなかったのだ。

「よう、お前が例の問題児か?」

いつも通り授業をサボって、誰も来るはずのない私のお気に入りの場所に居た時の事だった。その人は突然現れて、私に問題児かどうか問いかけた。訳の分からない奴に自分の情報を与える事なんかないと思ったし、そもそも此処は私の安住の地であって、簡単に来る事が出来ないはずなのだ。それなのにこの男は普通に現れた。その時点でこの男を警戒するには充分だった。

「あんた、何者だよ。」
「俺か?俺は此処を見学しに来たただの一般人だ。」
「一般人が此処に入れる訳ないだろう。馬鹿にしてんのか?」

こいつは怪しい。私の脳内で危ない奴かもしれないと警報が鳴り響く。どうやってこの場から逃げ出すか、必死に組み立てる。力技ではきっと叶わない。武道が全くできない訳ではないが、圧倒的に不利である事は体格差から見て取れる。とにかく私はこの場から抜け出すしかない。どうやって抜け出すか、この男の隙を見て逃げるしかないのに、この男には隙がない。ほら、やっぱり怪しいじゃないか。こいつは多分戦闘慣れしている。私の事を見定めている。こいつの目的は何だ。何が目的で私に接触してきた。考えろ、考えろ。こいつは何がしたい。

「あんた輪の人間だろう。」
「ほう、何でそう思う?」
「此処にいきなり現れた。これでも結構気配には敏感なんだ。」
「だからって輪とは限らないじゃないのか?」
「惚けんなよ、その帽子が証拠だろうが。」

輪の人間がこんな所にいったい何の用だと言うのだろうか。しかもこの男は輪壱號艇の艇長だ。そんな奴が何でクロノメイに居る。将来の輪に目星を付けに来たのか。或いはもっと別の何かであろうか。若しくは調査でも行っているのだろうか。輪は主に火不火を取り締まっているはずだ。ならばこの付近で火不火が現れたのだろうか。そんな情報は入手していないが、輪が相手となると情報は回ってこない。守秘義務があるのだろう。当たり前と言えば当たり前だが、私からすればつまらない。だから趣味として情報収集を行っている。情報は持っているだけで武器になる。もちろん情報を持てば持つだけ自分の命だって危なくなる。そのギリギリのラインを私は渡り歩いているのだ。

「やっぱお前か、輪の情報を集めてるってのは。」
「私を捕まえに来たのか?」
「いや?別にそんな事はしないが、ちょっと忠告しに、な。」
「脅してるのか。」
「それとお前に興味があってな。」
「興味だと…?」

この男は事前に私のことを調べていたらしい。まあ輪の情報を集め、仕舞いには盗み出そうとしている奴が居れば、どんな奴かぐらいは調べるだろう。寧ろ捕まえなくてはいけない対象だろう。言わずもがな、現在の私は絶体絶命であるのだ。とは言えさすが輪だな、と一人関心した。輪の情報を集めるのには細心の注意を払ったはずだ。それがバレたと言うことは相手はやっぱり格上だったと言う訳だ。そうでなくては困るのが当たり前ではあるが。兎に角、私のした事がバレてしまった以上、暫くは大人しくしてなければならないだろう。きっと私には監視がついているはずだから。

「噂の情報屋がここクロノメイでは落ちこぼれと言われてる。興味を持つのは自然だと思うがな。」

私は輪になろうと決めてクロノメイに入った訳ではない。親の為にここに入ったのだから、入った後は私の自由だ。此処でどのように過ごそうと、例え輪に入らなくてもそれは私の勝手なのだ。つまらない授業や訓練を受けるよりは、趣味の情報を集めているほうがよっぽど有意義だ。命を掛けたこのやり取りは私にとってとても刺激的だった。もちろん死にたくはない。だからきちんと線は引く。踏み入れば抜け出せない道には絶対に入らない。あくまでも趣味の範囲内で私はやり取りをする。といっても結構深い所まで集めてしまった情報もあるのだけれど。いい例がこの男が居る輪と言う訳だ。

「やりたくない事はやらない。無駄な事はしたくないだけだ。」
「本当にそれは無駄な事なのか?」
「なに、」
「お前、輪に入りたいんだろう。」

いけ好かない奴だと思った。最初からお見通しだったのだろう。私が自分の命を危険に曝け出してでも集めたかった輪の情報。親の言いなりになる気なんて更々なかった。でも、輪に憧れていたのは事実だった。けれど、このまま輪に入れば親の思い通りになる。それが嫌だった。私は親の人形ではない。ただの反発だった。本当は輪に入りたかった。けれど、親への気持ちが邪魔をした。何かきっかけが欲しかった。自分を変える事の出来るきっかけが欲しかったのだ。輪をもっと知れば、何か得る事が出来るのではないかと思った。それが例え悪い結果に繋がったとしても、それでも良かった。けれどそんな事はなくて、知れば知る程輪に憧れた。私の気持ちは意地を遥かに越えたのだ。

「あんた嫌な奴だな。」
「輪の情報を得て、逃げられる訳がないだろう?」
「輪に入ってやる。首洗って待ってろ。」
「ああ、楽しみにしてるよ。」

親の言いなり何かじゃない。これは私の意志だ。もう逃げない、言い訳もしない。輪に入ってあいつをぶっ倒す。それで可愛くないお礼を言ってやろう。



(実は手のひらで転がされてる、なんてさ)



120518
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