やさしさなんて知らなくてよかったころ

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愛される事なんてないと思ってた。私を愛してくれる人なんていないと思っていた。それが当たり前の事で、変わる事のない事実であると思っていた。私は人ではなくて、道具として扱われるモノであったから、人の優しさ、ましてや愛なんて触れた事がなかった。別にその事を悲しく思った事はなかったし、特別何かを抱いた訳でもなかった。だってそれが当たり前だった。私はどうやら運という物がなかったらしい。私が仕えてきた師父は、私達の存在を便利な道具としか思わない人達だった。扱いも酷い物だった事は最近知った。ずっとそれが普通だった。食べ物を与えられなくても、召使いのように扱われでも、憂さ晴らしの対象になったとしても、私は反抗する事なく、為すがままにそれらを受け入れた。それ自体も異常だった事を、私に教えてくれる人は居なかった。私は其れなりに高い位の神であったから、手に入れたいと躍起になる者が多かった。興味がなかった。だから誰でも手順を踏めば受け入れた。自分から選ぶ事なんてしなかった。本当にただ、興味がなかっただけだった。

「今日からお前の師父になる。よろしくな。」

今度は随分小さな師父だなと思った。第一印象はそれぐらい。いつもと何ら変わりない出来事だった。やっぱり師父に興味はなくて、また何も反抗せずに仕えていこうかと思っていた。だが、この師父は違ったのだ。私を道具として扱う事などなかった。それ以上に私を心配して、必要以上に関わってきた。こんな扱いは初めてだった。だからこそ戸惑った。私が良かれと思ってやった事は尽く玉砕するのだ。何をしたらいいのか、何をする事が最良なのかが分からなくなった。私の価値観が全てひっくり返されたような感覚だった。きっと師父も戸惑ったに違いない。現に私が何かをする度に、驚いた顔をして慌てて止めていた。師父に止められては、それ以上の事など出来るはずもなく、手持ち無沙汰になる日々が続いた。こんなにも動揺したのは何時ぶりだろうか。今まで永い時を生きてきた私にとって、今回の師父はそれぐらい衝撃的な人物であったのだ。

「師父、私はちゃんと役に立ててますか?」
「えっ?」
「師父は私に何も命令しません。それは私ではチカラ不足だからですか?」
「何言ってる。祭神の時にはお前の力を借りてるじゃないか。」
「それは使役される者として当然です。そうではなくそれ以外です!」
「それ以外…?」
「何でも良いのです!雑用でも何でも私にお申し付け下さい!」

私はきっとそれまでとは違う日常に焦りを抱いていたのだろう。これが普通の日常、平和である事を私は知らなかった。だから申し出たのだ。私になんでもいい、何かする事を命令してくれれば、またいつも通りの日常になる。そうすればこの焦りもなくなると思っていた。けれど、私の日常は元に戻る事なく、平穏と呼ばれる日常に溶け込んでいったのだ。師父は私には様々な事を教えてくれた。今まで私が過ごしてきた日常が、どんなに過酷なものであったか。師父のくるくる変わる表情が何だか暖かかった。こんな気持ちは初めてで、もっと見ていたいと思うようになった。そしたら今度は側にいたいと思うようになった。暖かな空気に包まれてるみたいで、とても安心した。そして触れてみたいと思うようになった。自分より小さな師父。ふわふわな頭を触ってぐしゃぐしゃにした。もちろん怒られてしまったのだけど、それでも不思議と怖くなくて、また触れてみたいと思うようになった。欲は日に日に強くなり、独り占めしたいと思うまで膨らんでしまった。けれどそれは許される事ではない。私は仕える身であるのだ。そして私一人が師父に仕えている訳ではない。これはいけないモノだと心の奥深くに閉じ込めた。

「采和、またお仕事サボったの?」
「…いや、ちょっと散歩にだな、」
「そう、じゃあ私はも一緒に行く。」

あれから月日は流れて、私は師父の事を采和と名前で呼ぶようになり、口調も変わった。もう何時からかなんて忘れてしまったけれど、それでも采和が喜んでくれた事は覚えている。喜ぶなんて可笑しいのにと思った事も覚えている。師父なのに、尊敬に値する人物であるのに、馴れ馴れしく話すなんて怒られると思った。それに私は下心を持っていたから余計に罪悪感に苛まれたのだと思う。心の奥深くに仕舞い込んだ気持ちは、消える事などなくて、誤魔化しながら過ごしてきた。でも月日が流れれば流れる程、采和への気持ちは膨らみ、誤魔化す事が難しくなった。もっと采和に近付きたくなった。もっと采和と一緒に過ごして、同じものを共有したいと思った。だから名前で呼んでみた。口調も親しいものにしてみた。一度だけのつもりだった。たった一度名前を呼んだだけで、それまで誤魔化てきた気持ちが溢れた。ああ、私は采和に恋をしてる。初めて采和への気持ちを知った刻だった。

「采和、好きよ。」
「ああ、ありがとう。」

溢れた気持ちは溢れたままで、私はその想いに忠実でいる。好きだと思えば好きと伝える。もうずっとそれが続いている。最初は照れていたり、慌てふためいたりしていたけれど、今ではすっかり流されるようになってしまった。本当なのに、この気持ちは、この言葉は嘘ではないのに。ずっと伝えてきた好きと言う言葉。采和にはちゃんと届いているのだろうか。私はきっと一生采和に伝え続けるのだろう。届くまで、この想いが采和に届くまで。いつになるかなんて分からない。けれどこの想いは本物だから。私の世界を変えた愛しい人。ずっと側に、何処に行こうとも、わたしは采和に着いていくの。離れてなんかやらないんだからね。



(今度は愛してると伝えてみようか)



***
花吐き様に提出。
参加させて頂きありがとうございました。

胡已 120510

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