やさしさなんて知らなくてよかったころ

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君僕 | ナノ




好きだ好きだと呟いた所でこの気持ちは表に出ることはなくて、ただ私の中に留まるだけなのだと知っている。けれど諦めの悪い私はどうにかしてこの気持ちを伝えたくて、叫んでいる。でもその叫びは誰に届くことはなくて、やっぱり私の中に戻って来るだけだ。好きな人にこの気持ちを伝えたいだけなのに、私にはそれさえ許されなくて。口から出るのは空気だけ。声と呼ばれるものは私には存在しない。どうやって口から音を出すのか私は知らない。知っていたはずなのに、今の私にそれを知る術も、行動に移すことも私には無理だった。まだ、私にはやりたいことがあったのに、それを叶える前に私は声を失ってしまった。でもこの声の代償に私は一つの幸せを手に入れた。人によって幸せと感じるものは当然異なるもので、私が感じる幸せは人によっては不幸せかもしれない。けれど私が幸せだと感じることが出来るのならば、それでいいのではないかと、そう思ってしまうのだ。これはとても自己本位であることには見向きもしないで、私は歩んでしまった。

「ご飯食べた?」
『食べてない。』
「じゃあこれあげるから食べなよ。」
『いらない、悠太食べて。』
「…半分こなら食べる?」
『…、』
「はい半分こ。」
『ありがとう。』
「どういたしまして」

私の今の会話の手段はスケッチブックに筆談すれば成立する。けれど私にとってこの筆記はあまり意味を成さない。本当に伝えたいことは私はここには書かないからである。筆記と言うのは便利であると思う。本音を口に出さなければ周りの大人たちは終始にこやかであるから。元気にしている振りをすれば大人たちは良かった、と口を揃えて言う。私はとても面倒くさい子だったから、早く退院してこの面倒ごとから手を引きたいと思っているのだろう。こんな私にお金を掛けるなんてこと本当ならしたくないはずだ。けれど世間体と言うものがある以上、周りの大人たちは勝手に私を放棄することは出来ない。そんなものが欲しい訳ではないのに。

「もう少しで退院だって?」
『そう』
「良かったね。」

良くなんかないだよ。私のこの幸せは期間限定だから、ここを退院してしまったら悠太とは会えなくなる。私の幸せは悠太と居ること。偶々出会った彼に私が恋をするまで、時間はかからなかった。初めてだった、私の名前を呼んで私を見てくれた人は。名前を呼ばれたことがないわけではなかった。けれど私を呼ぶその声は本当に私を呼ぶものではなかったから。早くに親を亡くして、親戚を転々としてきた私にとって、悠太が呼ぶ私の名前は特別だった。私を邪魔な存在だと決めつけ、そのまま私の名前を呼ぶ人たちとは違った。ただ純粋に悠太は私の名前を呼んでくれた。それが私にとってどれだけ嬉しかったか、きっと悠太は知らない。

『今までありがとう』
「…。」
『悠太と居れて嬉しかった』

声が出なくなって初めて本音をこのスケッチブックに書いた。ずっとお礼を言いたかった。けれどこの想いを外に出してしまったら本当にお別れだから、言えなかった。隠していた。だけどそれももう限界だった。このまま悠太と居たらきっと私は離れられなくなる。私のエゴで悠太をここの縛り付けてしまう前に、私は悠太から離れなければならない。本当はもっと早くに。

「まるでお別れみたいだね。」
『だって、お別れだもの』
「俺は離れたくないよ。」
『お別れ』
「俺はずっと一緒に居たいよ。」
『お別れ!』

どうしてそんなこと言うの、私だって居ることが許されるなら悠太とずっと一緒にいたいよ。だけどそれが許されるはずがない。一緒に居たい気持ちだけじゃどうにもならないんだよ。私はまだ未成年で、大人のだれかに頼らないと生きていけない。嫌がられていることだって知っている。だけど私は一人で生きていくほど強くない。強くないからこそ、作りものの笑顔を向けて生きている。そうだよ、私はいつだっていい子であろうと努力してきたんだ。迷惑にならないように、ただの置物として私は存在してきたんだ。だから今更私単体を、どうやってこの世界で扱えばばいいのか分からない。どう生きていけばいいのか分からない。一人じゃ生きていけない私が悠太と一緒にいることは許されない。私と一緒にいたら、きっと悠太が壊れちゃう。私はきっと悠太の重荷になってしまう。

「俺と一緒に居るのが嫌ならそう言って。」
『…』
「俺は本当の気持ちが聞きたいんだ。」
『好き』
「うん」
『私は悠太が好き』
「うん、」
『だけど一緒には居れない』
「…」
『私はきっと悠太の』

重荷になってしまうと、書いて悠太に見せるはずだった。けれど私の手は震えてその先を書くことが出来なかった。視界も滲んで、文字も滲んで、悠太には見せることが出来なかった。私の心はとっくに制御なんて出来ていなかった。嘘をつくことが出来なくなっていた。なんでかな、嘘をつくことは得意だったはずなのに。私は今作り笑いさえも出来ない。今までの私が音を立てて崩れて、代わりに姿を現したのはずっと仕舞っていたはずの本当の私。悠太に出会って私は知ってしまった。本当の笑顔と本当の気持ちに。私はもう悠太と出会った瞬間から嘘をつくのが下手になっていた。

「行くところがないなら、俺の家にくればいいよ。」
『…、』
「居候ってことにすればいいよ。」
『迷惑になる』
「迷惑なんかじゃないよ、俺がそうしたいんだ。」

気づいたらまた視界が滲んでいた。そのまま悠太に抱きしめられて、声を出すことなく私は泣いた。好きだよ、そう耳元で聞こえた声にまた涙が出た。私も好き、悠太が好き。いくら声にだしてもそれは悠太に届くはずはないのに、私はずっと叫んでいた。悠太はその声が聞こえたみたいに、私を抱きしめる腕を強くした。いつかこの声が戻った時、一番初めに口にする言葉は悠太への愛の言葉にしようと思った。ずっと私と一緒に居てくれる彼にせめてもの恩返し。これからの未来に向けての祝福に。



(笑った顔がとても綺麗だった)



110316
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