やさしさなんて知らなくてよかったころ

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銀魂 | ナノ



「優しくなんかしないで」

彼女はいつもそう言った。俺は別に彼女に優しくなんかしていない。ただ暇潰しに彼女の部屋を訪れるだけ。それが彼女にとっては酷く優しい好意なのだと言う。部屋から出ない彼女はいつも無数に散らばる星たちを眺める。何がそんなに気を引くのか分からない。けれど彼女はいつも星たちを眺める。そして、今も。彼女は俺といる時こちらを向かない。ずっと宇宙を眺めて、言葉だけを放つ。表情を隠す彼女に俺は何も言わない。無理矢理に向かせてもいいのだけれど、それでは俺の見たくない顔が現れる。だから俺は何もしない。ただ言葉だけの戯れを過ごす。いつからだろう、彼女に近付けなくなったのは。いつからだろう、彼女に想いを寄せるようになったのは。初めは気まぐれだった。部屋から出てこない女がいると聞いた。だから覗いてみた。どんなやつかと思って、本当に気まぐれに。だけどそれがいけなかった。覗くんじゃなかったとすぐに後悔した。そこにいたのは儚げな女、今にも消えてしまいそうな、そんな女だった。弱い奴は嫌いなのに、何故彼女に惹かれたのか分からない。自分でも理解出来ない感情に俺は支配された。ぐるぐるさ迷って気持ち悪かった。自分が知らない感情を心に宿す事に酷く目眩がした。

「君が、私を殺してくれるの?」

凛とした声が部屋に響いた。彼女の口から出た言葉はあまりにも冷たかった。窓際から俺が居るドアの方に一歩一歩近付く。俺はそんな彼女を見つめるだけで動こうとしなかった。否、動けなかった。彼女が近付く度に何故か頭で警報が鳴った。離れなくては、そう思うのに、体は固まったまま瞬きさえ忘れて近付く彼女を見た。彼女もまた俺を見た。そしてもう一度問うた。殺してくれるの、と彼女は言った。何も言えなかった。彼女を見つめるだけで、俺は何も言わなかった。そしたら彼女は言った、違うのね、哀しそうに言った。彼女は死にたかったのだ。誰かに殺して欲しかったのだ。だから待ってた、星たちが照らすだけの暗いこの部屋で、自分を殺してくれる誰かを、待ってた。

「どうして殺されたい?」

一度だけ彼女に聞いた事があった。誰かに殺される事にこだわる彼女は決して自分では死のうとしなかった。ただ死にたいだけなら自ら命を断ってしまえばいい。なのに彼女はそれをしない。殺される事にこだわる。そこまで気になった訳じゃない。だけど少なくとも彼女が消えてしまうのは嫌だと思った。だから聞いた、何故殺されたいのか。けれど彼女は今と同じように星たちを眺めるだけ。言葉は降ってこなかった。期待はしていなかった。答えは返ってこないと分かった上で聞いた。もしかしたら、と小さな望みを捨てられずに聞いた。そろそろ部屋を出ようと思い立ち上がりドアに向かおうとした時、降ってきた。彼女から言葉が降ってきたのだ。

「溺れてしまうから」

彼女は言った。はっきりと、そう言った。だけどそれ以上は何も言わなかった。振り替えって名前を呼んでも、彼女は星たちを見つめるだけだった。それからも俺は彼女の部屋を訪れた。あの時の会話など忘れてしまったかのように、俺は暇さえあれば彼女の元へ向かった。あの会話をした次の日も変わらずに訪れたら彼女は驚いた顔をした。知っていた、あの時の沈黙は彼女の拒絶だと気付いていた。あれはこれ以上踏み込むな、という彼女の警告だった。けれど俺はそれを無視した。会いたいと思うのだから仕方ない。こんな感情は初めてで、どうしたらいいか分からない。だから本能のままに行動した。それが今生んだ現状。彼女はひたすら俺を拒絶した。最初から内側には入れはしなかったが、それはより頑固たるものになった。まるで何かから身をを隠すように、怯えるように、彼女は自分の殻に閉じ籠った。

「君は俺のものにはならないの?」

聞いてしまった。彼女は日に日に頑なになっていく。だから聞いてしまったのだ。俺は彼女が好きだ。好きなものは手に入れたいと思うのが本能であり、俺はそれに忠実に生きている。だからもう待つことは出来なかった。そもそも待つという行為自体が俺には合わない。彼女はこちらを見ていた。だがその顔は酷く傷ついた表情をしていた。きっと彼女は知っていたのだ。俺が彼女の事に気づいたように、彼女もまた気付いていた。そのまま彼女は顔を伏せた。そして自身をきつく抱き締めていた。また彼女は拒絶した。でも違った、彼女は必死に受け入れようとしていた。でも何かに怯えるだけで、彼女は更に自身をきつく抱き締めた。指が白くなる程強く、彼女は自身を抱き締めていた。

「息が、出来なくなるの」

今日はもう駄目かもしれないと思い、部屋を出て行こうとした時だった。まるで沼に落ちていくみたいに、彼女は小さく呟いた。こちらには向かないでただ自身を抱き締めたまま、彼女は言った。もう一度彼女の部屋に戻りその場に佇む。そして何を言う訳でもなく、次の言葉を待った。彼女は怖いと言った。何に恐怖しているのか分からない。けれど彼女は向き合おうとしていた。だから待った。彼女が次に出す言葉を待った。

「息が出来なくなる!足掻いても足掻いても落ちて行くだけで怖くなる!だから、だから私を早く殺してよ!!」

彼女は叫ぶように言葉を吐き出す。ああそうか、彼女は誰かに溺れてしまう自分に恐怖を抱いていたのか。自分が自分でなくなる感覚に恐怖していたのか。今までも彼女がこの感覚に陥る事はあったのだろう。だが誰もこの彼女の感情の名前を教えてくれなかった。嫌、彼女自身が知っていると思っていたのだろう。けれどそれは全くの勘違いである。彼女は知らないのだ。誰かに溺れてしまうこの感情の名前を。誰も教えてくれなかったから、きっと彼女は知らないのだ。だったら俺が教えてあげよう。だけど忘れちゃいけない事が一つ。俺は彼女の事が好きだ。だから手に入れたいし、手に入ったのなら逃がすつもりはない。だから彼女に選択肢を与えよう。感情の名を知りたければ俺の手を取ればいい。だがその代わり君は一生俺のものだ。狡いだなんて言わせない。弱りきった心を見せた君が悪いんだ。

「君が死にたいのなら殺してあげる。…俺が君に愛を囁いた後でね。」



(掴まった掴まった掴まった!もう逃げられない)



110130
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