一万打 | ナノ






校庭の隅で真っ青な空に揺れる笹の葉には、色様々な短冊が吊るされている。バスケ部員が掲げたそれには各々の願いが書かれていて、時折夏の生温い風に浚われそうになっていた。

「…あんなの、どっから持ってきたんだ?」
「近所のじーちゃん家の庭にわんさか生えてんの!毎年貰ってんだぜー」

キャプテンから手渡された緑色の短冊には、未だ何も書き出されていない。隣で笑う高尾の短冊も見る限りはまっさらだ。
教室の窓からでもはっきりと視認できるそれにこの短冊を吊るすべくさっきからマジックを握っているのだが、如何せん天の川に頼むような願い事が浮かんでこない。困ったものだ。(全国制覇とか書こうものなら自力でやるもんだろってどやされるしな)

「真ちゃーん、それ栞じゃないんだぜー?」
「…分かっているのだよ」
「今日中に吊るさなきゃ基礎練四倍だぞ」
「…む…」
「よっし、俺いいデッキが揃いますようににしよっと!」
「おー…どうしよ、少しでも涼しい夏になりますようにとかかな」

さらさらと書き上げた短冊を掲げた高尾は、「お前らも早く書けよー」と言いながらさっさと教室を出て校庭へと駆けて行ってしまった。なんともふざけた願い事である。

「緑間はもう決めてる?」
「決まっていたらさっさと書いているのだよ。大体、俺は人事を尽くしているのだからこんなものは必要ない」
「でも書かないとメニュー四倍だし」
「…まったくふざけているのだよ…!」

ぱたんと閉じられたペーパーバックからはみ出ている橙色の短冊を忌々しげに見つめる緑間。を、見つめる俺。恋人達の一年に一度の逢瀬にどうして願い事をするのか俺にはよく分からないが、突如浮かんだ願い事にぴくりと指が動いた。
青臭さ満載のそれは高尾の願い事以上にふざけているような気がしたのだけれど、他に適当な願い事が思い当たらないし仕方ない。青春万歳と呟きながらペンを走らせれば、気になるらしい緑間がちらちらと視線を寄越した。そこで口に出して聞いてこない辺りが、まったく緑間らしいと思う。名前は書かなくていいとのお達しだったので願い事だけ綴り、緑間の目に入らないうちに裏返した。














「これ、どう見ても女子の字じゃん?」
「ちょっ、こっちすごい達筆なんだけど!」
「まあ校庭にあるんだし好きに吊るしていいと思うよなー」

放課後、三人で青竹の前に立てば先程よりも明らかに増えた短冊の量に思わず内容を確認してしまう。無駄に飾り立てられ輝いている短冊から墨で書き込まれた短冊まで、様々吊るしてある様子はなんだか圧巻だった。これだけあれば俺の願い事も紛れてくれるだろうかと少し期待して(やっぱり違うのにしておけば良かったかも)枝の隙間を視線で辿る。お、ここいいなと腕を伸ばしたところで俺の短冊は呆気なく手の内から消えてしまった。誰のせいってそりゃあ、高尾以外に誰がいると言うのか。

「え゛っ!おまっ、なっ」
「せっかくだから上の方につけてもらえよ。なー真ちゃん?」
「む。構わん、貸せ」
「いやっいやいやいや!!」

どうやら他意はないらしく、特に願い事を見るでもなく短冊を揺らす高尾に冷や汗が浮かぶのが分かる。その心遣いはとても嬉しい。嬉しいのだが、はっきり言おう。今は大迷惑だ。

「俺のははじっこで十分だから…!」
「なーに言ってんの、こういうのは天に近い方がいいんだぜ?」

ほい、と軽い声と共に緑間の手に渡ったそれに今度は顔に熱が集まるのが分かった。もう視線を外したくて仕方ないのだが、幸いにも裏返された状態で渡された短冊にそうもいかなくなって一人悶絶する。びゅお、と生温い風が吹き抜けた。

「(誰か俺を今すぐ殺してくれ…)…痛っ!」
「うっわ、目に砂入った!」
「ふん、人事を尽くしていないから、だ……」
「ってー…真ちゃん目でっかいのに、やっぱ眼鏡のおかげなわけ?なあそうなの?」
「………」
「おーい、真ちゃん?」
「?……うわっ、うわあああああああああああ!!」
「うおっ、どうしたなまえ!」

巻き上げられた校庭の砂に霞む視界から戻ってくると、取り付けられた短冊をつまんで固まっている緑間とばっちり表を向いている短冊が痛いくらいの色彩を放ちながら網膜に焼き付けられた。つまり俺の淡い期待は瞬間的に打ち砕かれた訳だ。神様なんていなかった。

「高尾お前ぇぇええなんてことしてくれたんだよ!!バカ!!このシスコン!!!!」
「シスコンで何が悪い、お前妹ちゃんの可愛さ理解してんの!?ああ!?」

現実から目を背けたい一心で高尾のシャツを掴み上げれば、予想以上の早さでキレられて逆にこっちがビビってしまう。しかし事件の発端となったのは間違いなく高尾だ。負けられない。思考を無理矢理剃らすことにいっぱいいっぱいだった俺には、近付いてくる緑間なんて見えていなかった。

「…なまえ」
「お前取り返しのつかないことしたんだぞ、分かってんのかあああああ!!」
「なんだよ、何をそんなにキレてんだっつの!」
「なまえ」
「だぁから彦星も織姫もいないってことだよバーカ!!」
「だーもうバカバカうるせーよバカ!」
「二人ともうるさいのだよ!」
「「ふぎゃっ」」

ガン、と脳天に下った衝撃に二人して地面に踞る。一度そうしてしまったらもう顔を上げる気にもなれなくて、どうしても抑えきれなかった羞恥心にただただ打ち震えた。いっそ天の川に流されてしまいたい。

「もー、なまえも真ちゃんも何なんだよ……え、それなまえの短冊じゃん。なんで千切っちゃってんのってあらら?…『緑間と付き合えますように』ぃ?」
「(何故口に出したし)」
「あっは!なまえマジかよ!」

さっきまで痛みに呻いていたかと思えば今度はゲラゲラ笑い始めた高尾に、最早何も言い返す気にはなれずに浮かんできた涙を払う。

「あーでも、良かったなぁ真ちゃん」
「……む」
「ほらなまえ、見てみ?これ真ちゃんの短冊な」
「なんだよもお…失恋の痛みに浸る暇もないのかよ…」
「なまえ、見ろ」
「…?…『なまえが俺を見ますように』…えっ」
「真ちゃんは分かりやすかったけど、なまえもとはねぇ」

再び笑い出した高尾の声は俺の耳には届いていなかった。渡された橙色の短冊に書かれている文字は間違いなく緑間のそれだったが、内容がどうにも飲み込めない。思わず涙も引っ込む。

「え…えっ、えっ!?」
「俺はなまえが好きなのだよ。…なまえも同じと思っていいか」
「あ、うん…お、俺も、緑間のこと好き、です?」

真っ赤な顔をして俺を見てくる緑間の目に、同じくらい真っ赤な顔の俺が写っているのが見えて思わずどもってしまう。
二人してガチガチに固まった姿を見て、とうとう引きつり笑いに変わってしまった高尾共々宮地先輩にシバかれることになろうとは、今の俺達はまったく想像していなかったのだけれど。





(なまえ)
(ひっひゃい!)
(ひゃいてwwwおまwww)
(一緒に帰るのだよ)
(あ、うっうん!)
(高尾、さっさと漕げ)
(えっ俺かよ!意味わかんねぇ!!)


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こんな感じでいかがでしょうか…!なんだか異様に高尾がでしゃばってますが、高尾なので仕方ないのです←
一万打企画にご参加くださりありがとうございました…!なにかありましたら拍手辺りから飛ばしてやってください!(^○^)




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