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「つけられてるんだよね」

溜め息混じりに吐き出された言葉は、「俺ピーマン嫌いなんだよね」くらいの軽さでも確かに鬱々とした暗さを孕んでいた。パンを咀嚼していた動きは止まり、思わずなまえ君を凝視する。

「…と、言うと?」
「毎朝ご丁寧に門の影から校門までついてきてるし、帰りも同じみたい」
「みたい?」
「姿見たことないんだよね。気味悪くて無視しようと思ったんだけど、こう続くと俺だって疲れる」
「どんくらい続いてんだ?」

もしゃもしゃとリスみたいに頬を膨らませた火神君が頭上にクエスチョンマークを浮かべる。いつも言っているが喋るときくらい手を休めてはどうなんだろう。

「んー、二週間」

携帯を取り出したなまえ君は、メール画面を開いて僕達に見せる。差出人の欄には未登録のメールアドレス、件名は空欄。本文の空白の後に続いたのは、なまえ君が写っている写真だった。

「二週間って、お前」
「一週間過ぎてからこんな感じのメールまで送られてくるんだよ。本屋に行ったらそこにいるときの写真と一緒に“その本なら僕も持ってるよ。貸してあげるね”だって」
「…もしかしてそれですか」
「そう。折角だから読んだけど」
「いや読むなよ!」

今日の朝、珍しく読書をしていたなまえ君が持つその本は、どうやらストーカーが忍び込ませたものらしい。平然とそれを受け止めているなまえ君に火神君のツッコミが飛ぶ。確かに不用心すぎるので庇ったりはしない。

「校内に入れるってことは、この学校の生徒なんでしょうか」
「多分ね。そろそろ勘弁して欲しい、なぁ」

ひらひらと揺らされていたその本は、座ったまま放り投げたなまえ君によってゴミ箱へと吸い込まれる。「おお」なんて間抜けな声を溢した火神君の口についている食べかすを指摘したなまえ君は、そのまま机に突っ伏してしまう。心なしか疲れた様子だったのでよしよしと頭を撫でながら、カントクにメールを送った。










(…いるなぁ…)

いつもより気配が駄々洩れの存在を背後に感じながら、音のしないイヤホンをぶら下げて歩く。流石にこの状況で聴覚を塞ぎたくはなくて、意識しないまま早足になりながら家路を急いだ。
いい加減にして欲しい。
それは本心なんだけど、それをも上回るのはそいつに対する嫌悪感と、大事にはしたくないと思う気持ちだ。こんな往来で背負い投げを決めるのもそいつに触れるのも、どちらも大変に遠慮したい。

(あー、どうしよう。早く飽きてくれないかな、見られてると思うだけでも気分悪いんだよなあ…今日近道止めとくかな、狭いし、暗いし。でもわざわざ遠回りするのも癪だ)

背中に全神経が集中してるみたいにぴりぴりする。一挙一動全てに反応できるように、意識がそっちにいってしまう。結局俺は近道を選択してその薄暗い道を通ってる訳だけども、早くも後悔し始めていた。

(近い)

多分、振り返ったらその姿を視認することができてしまう。なんだ大胆になったな、とか思いながら覚悟を決めるべきかと鞄を掴んで息を吸った。

「ふげぇっ」
「ひゃえ!?」

しかし俺が振り返るより先に、とてもとても間抜けな声が響いた。物凄くびっくりした俺は慌ててそちらを向く。

「え…て、テツヤ?」
「はい。捕まえましたよ、竹内先輩?」



鞄を抱き締めて硬直しているなまえ君に微笑んで見せてから、地面に這いつくばる先輩に視線を移す。散らばった鞄の中身には今日なまえ君が捨てた本だとか紙パックのジュースのゴミ(ストロー付き)が見える。確かに今日なまえ君はイチゴミルクを飲んでいたし、間違いはなさそうだ。

「部活、は」
「今日は休みました。カントクにもちゃんと了承済みだから問題ないですよ」
「あ、そう…えっと」
「二年の竹内先輩です。ここ数週間なまえ君にストーカー行為を働いていた犯人だそうですよ」
「ぎっ、なん、な、なんだお前えええ!!」
「暴れないでください」

何事か喚き始めた先輩の背中を踏みつけて動けないようにする。呆然とした表情のまま近付いてきたなまえ君は、僕の後ろから恐々とした様子で犯人を覗き込んだ。

「ぼっ、僕はなまえくんの恋人だぞっ!こ、ここここんなことして許されると思ってるのか!?ああ!?」
「……見覚えは?」
「え、ないよ。知らない」
「あ、ふふ、なまえくん!二週間前に僕から告白してあげて晴れて恋人同士になったじゃないか!!ふ、ふふっ」
「ごめんなさい、呼び出されたのは覚えてるけどわざわざ顔までは覚えてないから」

僕の制服を握りながらそう言い切ったなまえ君は、蛆虫でも見るような視線を投げ掛けながら一歩後退する。それに倣ってなまえ君を庇うようにしながら離れれば、荷物をかき集めながら先輩がこっちを見た。

「はは、なまえくんは照れ屋さんたなぁ、ぐひっ、ひ「悪いですけど、それ以上妄想を押し付けてくるようなら然るべき処置を取らせて貰いますよ?」……ひひっ、なにが処置だ、お前なんかなぁ!」

処置という言葉に不安そうに僕を見たなまえ君の頭を撫でる。大丈夫ですよ、と口の動きだけで囁いて、先輩の前に立った。

「言っておきますが、警察に通報なんてするつもりはありません。貴方がこれ以上なまえ君に近付くなら、僕が殺します」



いつも通りの音色なのに、纏う雰囲気はこれ以上ない程に冷たかった。名前を呼ぶ声が掠れてしまって、咳払いをしてからもう一度呼ぶ。振り返ったテツヤは優しい顔で笑っていたから良かったけど。

「行きましょうか」
「え、うん。でも…」
「大丈夫ですよ。もう心配ありませんから」
「そう、かな」
「はい」

ゆっくりと手を引かれて、それに従うように足を踏み出す。未だ地面に座り込む先輩は蒼白な表情のまま固まっていて、なぜかご愁傷様、という言葉が浮かんできて消えた。






(いいですか、呼び出しには応えないでその場で断るようにしてください。今後同じようなことがあったらすぐに教えてください、いいですか?)
(はい、分かりました。…にしても、よく調べたね)
(なまえ君のためですから)
(…ありがと。もう平気だから離してくれていいんだけど)
(どういたしまして。嫌です)


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ストーカーダメ、ゼッタイ!というわけでモブが出張るお話になってしまいました(^○^)赤司くんはメッタメタにするまで満足しないけど黒子っちはとりあえずなまえくん大丈夫ですか?って感じ。
一万打企画にご参加くださりありがとうございましたー!




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