一万打 | ナノ






「リョータァ、これやるよ」

珍しくショーゴ君の方から話し掛けてきたかと思えば、何やら手渡された物体をじっと見つめる。カップの中でゆらゆらと揺れるそれは、どうやらオレンジジュースらしかった。

「いや、普通にいらねっスけど」
「あん?いいから有り難ーく受け取っとけよ」
「いらねーって」
「俺もいらね。じゃあな」
「あ、ちょっと!」

ニヤニヤと笑いながら立ち去ってしまったショーゴ君と手元のジュースとを見比べて、どうしようかと嘆息する。別に嫌いではないけど、今は甘い物の気分ではない。

「捨てるわけにもいかねーし…」
「あれ、涼太。なにしてるの」
「なまえっち!」

だから目の前に現れたなまえっちは正に救世主だ。カップの中で揺れるオレンジ色が、俺の気持ちを表すようにちゃぷんと揺れた。







物陰に隠れてこっそりとリョータの様子を伺う。さっき渡したジュースを早く飲んでくれるよう念を送りながらも、にやつく口元は抑えられない。あれを飲めば俺にとって面白いことが起こるのだ、騒ぎは早く起きるほどいいに決まっている。

「……あ?」

しかし突如として現れた赤司弟によって、いや正しくはその弟にリョータが手の物を押し付けたせいで俺の計画は脆くも崩れ去ることになる。ご丁寧にもその場で飲み干してくれた赤司弟に自らの血圧が下がっていくのを感じながら、俺はとっとと立ち去ることを決めた。今日はもう帰ろう。それがいい。








さてこれはどういうことだろうか。

「あの…なまえっち…?」
「んー?」
「ど、どどどうしたんスか」
「何が?」

口調こそはっきりしているけど、その顔は熱を帯びているし目は潤んでいつもより眠たげだ。うっすら色付いた首筋を晒すようにネクタイが緩められていて、第2ボタンまで外されたそこに視線が行くより早くなまえっちの顔が近付いて来る。おかしい。ふわりと香ったこれは、まさか。先程手渡した液体とそれを手渡して来た人物の顔を思い出せば、決して良いとは言えない頭でも簡単に結論が導き出せた。

(ショーゴ君、一体どこで手に入れたんスか…!)

俺の脚を跨ぐように座ったなまえっちの唇が、優しく俺の頬に押し付けられる。え、と驚いて固まってしまった俺を笑って、今度は反対側にもキスされた。

「ん、」
「ちょっ、まっ、なまえっち…!」
「んー?なあに」
「嬉しいっスけど、嬉しいんスけど、こんなとこ赤司っちに見られたら…!」
「ふふ、ちゅー」
「あれ俺の話聞いてないっスね!?」

暑い暑いと言って開けられたそこと、睫毛に乗った涙と、見える範囲全てを染め上げている赤にくらりと脳味噌が揺れる。手を伸ばしたくなるのを必死に抑えて携帯を取り出せば、その指にも吸い付かれた。「ふへ、」と弛んだ頬に金槌でぶん殴られている感覚を覚えながら、震える手でメールを打つ。電話だと声が上擦ってしまいそうだった。

「りょうた、暑い」
「…俺も熱いっス…」
「はぁ、ふわふわする」
「なまえっち、お酒弱いんスね…」

強い弱い以前に俺達は未成年な訳だが、さっきなまえっちが飲んだのはほんの紙コップ一杯だ。凭れ掛かってきた身体はどくどくと脈打つ鼓動が聞こえてきそうなくらい熱くて、本当に本気でやばい。

「黄瀬君、お待たせしました。ところでこれはどういう状況でしょうか」
「うわあぁぁああぁ黒子っちぃいいぃぃぃいい!!!!」
「あれ、テツヤだー」

ペットボトルを持った黒子っちが来てくれなかったらどうなっていたことか。俺は目頭が熱くなるのを感じながら今までの経緯を説明した。持ってきてくれた水をなまえっちに飲ませながらもそのキスの嵐に満更でもない表情を浮かべていた黒子っちが口を開く。

「…なら最初から赤司君を呼べば良かったんじゃないですか。正直これは拷問です」
「動揺してて思い付かなかったんスよ!ただ青峰っちだけは呼ばないようにって思ってて〜…」
「…その判断は正しいと思いますけど…」
「んー、ん」
「なまえ、君、くすぐったいです」

黒子っちの首筋に何度も唇を落とすなまえっちの顔は幸せそうで、さっきよりも眠そうだった。水を飲んだことで少し落ち着いてくれたんだろうか。

「なまえ君なまえ君、どうせならここにしてください」
「ん…?」
「ちょ、黒子っち羨ま…ずる…じゃなくて、ダメっスよ!」

ちょん、と自分の唇を指差した黒子っちに何とも言えない感情が沸き起こる。さっきから握っていた俺のシャツを離した手は黒子っちの肩に置かれて、言われるがまま顔を寄せていくなまえっちの身体を引き寄せようとした。


「何をしている」


地を這うようなドス黒い音色が、それすらも停止させたのだが。

「あ…赤司っち…」
「赤司君…(やべぇ)」
「黒子、黄瀬、聞こえなかったか。何をしているのかと聞いているんだが」
「いえ、これは黄瀬君がですね」
「ええぇぇえぇ黒子っち!!?いや違うんスよ、これには深いようなそうでもないような理由が…!!」
「御託はいい」
「「はい」」
「取り敢えずお前達はそこを退け」
「「喜んで!」」

べったりと床に張り付くような完璧な土下座で並んだ俺と黒子っちの前には、魔王のごとく鎮座した赤司っちとその隣に座るなまえっちがいる。大分酔いも覚めたのか、項垂れていて表情を拝むことは叶わない。それ以前に床しか見えないんスけど。

「…理由は分かった。分かったがそれで?お前はなまえに何をさせようとしていたのかな?黒子だけじゃないさ、お前もだよ黄瀬。ん?」
「いや…」
「その…」
「さっさと答えろ」

シャキン、シャキンと恐ろしい音が鼓膜を震わせる。モデルなんで髪は勘弁してくださいと懇願したいが、そんなことをすればまず間違いなく根刮ぎ持っていかれてしまうだろう。ぶるぶると震えるしか出来ない俺達が黙ってしまうと、代わりにか細い声が上がった。

「征十郎…」
「…なんだ」
「俺が、勝手にやっただけだから…その、二人は悪くない、です」
「とてもそうは見えなかったが。酩酊した相手を誘導して、随分と楽しそうだったな」
「「すいません」」
「いや、あの、ごめん…!男にあんなことされて、気持ち悪かったよね」
「そんなことないっス!!」
「はい、むしろご褒美で」
「お前達?」
「「すいません」」

がばりと頭を上げて否定すれば、気まずそうに口元を抑えるなまえっちが若干ふらつきながらも立ち上がった所だった。赤司っちの声に肩を竦めながらも不思議に思って首を傾げれば、そのまま「ほんとごめんなさい…!」と言って歩いていってしまう。有り難いことに、その右手には赤司っちの左手が握られていた。

「…行っちゃいましたね…」
「た、助かったっス…」
「さて、僕達も行きましょうか」
「え?どこにっスか?」
「決まっているでしょう?こんなことをしでかした奴の所です。…僕達が挽回するにはこれしかありません。徹底的にやりますよ」
「…了解っス」








「…ん」

重ねられた唇からは、僅かにアルコールの香りが漂っている。未だ熱の引かない身体はぴったりとくっついて離れない。

「…なまえ、ん」
「ふ、ぅ…んむ」

制止の意を込めて紡いだ名前も飲み込むように舌が絡まる。そのまま舌同士を擦り合わせたかと思えば吸い上げられ、甘噛みされたところで僕の口から唾液が零れた。それでも上にいるなまえのキスは止まない。飲み込むことも叶わないまま、首筋を伝っていくそれをどうしようかと思っていたら不意に舌が引き抜かれる。繋がる糸もそのままに、なまえの肩が大きく上下した。

「はッ…は、はぁ」
「ん…甘いな」
「ジュース、飲んだから…俺、我慢したの、こうやって、ちゅーしたくて」
「…ああ。…まだ酔ってるな」
「分かんない…征十郎、ちゅーさせて、ね?」
「いいけど、お仕置きは後できっちりするよ」
「ん、いい、から」

ちゅう、と可愛らしい音を立てて吸い付いてきたなまえの髪を指に絡めながら、聞こえてきたチャイムの音に目を細める。先程の光景が脳裏を過ると途端に胃の辺りが焼けるような感覚に襲われて、遠慮なしに唇に噛み付けばそれにすら嬉しそうな声を上げた。
全く、困った弟だ。





(……おや、僕が出向くまでもなかったかな)
(うわぁぁああぁ赤司ィイイィイイ!!!!ちっげぇんだよあれはリョータが変なことしでかしてくれたせいで俺はなんも)
(え?)
(すいませんでした)

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長くてすみませ…
すごくすごく美味しいネタありがとうございました…!楽しんで書かせていただきました!何かあれば拍手あたりから飛ばしていただければと思います(^^)ありがとうございました!




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