一万打 | ナノ






「黄瀬」

こいつをこんな風に呼ぶようになったのは何時からだろう。昔から顔が良くて運動神経抜群だったこいつは、今やモデルで帝光中が誇るバスケ部の一軍スタメンときたもんだ。幼馴染みなんて肩書きは煩わしいだけで、二人で駆け回って遊んだ俺達はもうどこにもいない。

(距離なんて、開いてく一方だ)

屋上で見つけた黄色い頭に、持っていたプリントを叩き付けるように乗せる。先生に渡すように頼まれたそれだって、家が近所だからって押し付けられた物だ。まったく迷惑極まりない。

「ちょっとー、いきなりぶっ叩くとか酷いんじゃないスか?」
「黄瀬が授業サボるからだろ」
「撮影で遅れたんだから仕方ないんだって!もー、なまえは乱暴っスねー」
「うっさい」

黄瀬の周りにはカラフルな頭の奴らが常にいるようになった。今は青いのと水色のがいる。水色のは、まあ、ペットボトルひっくり返したからいるのに気付いたんだけど。

「昔は涼太ーりょーたぁーって可愛かったのに…ぁいたっ!」
「気持ち悪いマネしてんな。んじゃな」
「あ、今日なまえん家行くんでよろしく!」
「はあ?何しに」
「おばさんに用事あるんスよ〜」
「…あっそ」

なら今プリント渡しに来る意味無かったじゃんか。黄瀬の言葉に一気にテンションを落とされながら、早足に自分の教室に戻る。途中で紫のと赤いのがいて、なんだか痛いくらいの視線を受け止めまいと床を見つめながら歩いてやった。




八時。家に帰ってから一眠りしてしまった俺は、一人寂しく晩ごはん中である。さっき鳴ったインターフォンは恐らく黄瀬で、玄関から母さんの笑い声が聞こえてきている。(ちょっと声デカイよ母さん)

「なまえー、母さんちょっと出かけてくるから!」
「え、こんな時間から?」
「父さん残業らしいのよー。軽食届けてくるわ」
「はー、そりゃご苦労なこって」
「だから涼太くんと留守番しててね」
「は?」
「お邪魔しまーす」

箸で持ち上げた里芋の煮物が俺の口に入ることは、残念ながらなかった。母さんに続いてリビングに入ってきた黄瀬に思わず立ち上がって距離を置く。嘘だろ母さん、何故そこでこいつを家に置く必要があったんだ…!

「行ってきまぁーす」

語尾にハートを飛ばしながら出ていった母さんに恨めしい気持ちを抱きながら、何故かソファーじゃなく俺に近付いてくる黄瀬を軽く睨む。「そんな怖い顔しないで欲しいんスけど」とかって口を曲げられたって、俺だって困ってるんだから仕方ないじゃないか。

「なまえー、なんでそんなに可愛くなくなっちゃったんスか?」
「黄瀬に対して可愛かった記憶なんかないけどな」
「ほら、その黄瀬っていうの。何なんスか一体」
「うるさい、お前に関係ない」

ああ、テレビくらいつけておけばよかった。静かな空間に二人って言うのは予想以上に辛くて、黄瀬の顔も見れないくらいだ。どうしろって言うんだろう。
こいつがどんどん手の届かないところに行ってしまったのは多分事実だろうけど、それ以上に目を背けたのは自分だって自覚はある。離れていくこいつを見るのが嫌だった。そりゃあもう、すごく。子供染みた執着から始まった恋心を枯らすのが怖くて、なかったことにするために一方的に距離を置いたんだ。

「…なんだか知らないスけど、俺なんもしてないのにそんな態度取られて面白くねーんスわ」
「………」
「だんまりっスか…まあ、いいけど。俺帰るっスね。安心してよ、もう話しかけないし関わらないように――…、なまえ?」
「ちが、違う…」
「え?」
「黄瀬は…涼太は、悪くな、」
「え!?ちょっ、なまえ!?」

煮え切らないなまえの態度になんだかイラついて、そのまま思ってもないことを喋りながらくるりと体を回す。やっちゃったなーと思いながら歩き出そうとしたら制服の袖を引っ張られて、顔をそっちに(ていうかなまえの方に)向けたら、泣きそうな顔のなまえがいた。え、と一瞬思考が停止する。

「ごめん、ごめ、涼太、」
「なまえ…?どうしたんスか」
「俺、駄目なんだ…駄目だ」
「なまえ?」

くしゃりと顔を歪めたなまえはなんだかよく分からないけど物凄く不安定なものに見えて、居たたまれなくなった俺はその体を抱き締めていた。ああ、小さい。昔は同じくらいだったのに。

「……き」
「え?」
「俺、涼太が、好きだ」

ぼろぼろと流れ始めた涙が、少しずつシャツを濡らしていく。必死にしがみついてくるその体は頼りない。
それでも、耳に届いた言葉は俺が望んでいたそれだった。






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