一万打 | ナノ






ひゅ、
手のひらから放たれたボールはリングに触れることなくネットを潜る。三年間所属したバスケ部ではとうとう一軍に上がることはなかったけど、そこそこ試合にも出してもらえたし、キセキの奴らみたいに特別な才能もない俺がバスケを続けられただけでも充実した中学生活だったと思う。
初めは、普通のレイアップすら上手く決まらなかった。







(やばい、もう誰も残ってないじゃん…!)

時計を確認しながら第三体育館を走り抜ける。下校時間が迫っているため急ぎたいところだが、練習後のダッシュ程キツいものはない。それでも荷物は全て部室に置いてあるし、体育館を突っ切った方が断然早いため疲れきった身体にムチ打って第二体育館を後にした。第一体育館に一歩踏み入れた瞬間、聞き慣れたドリブル音が聞こえてきて軽く驚く。

(…赤司だ…)

もう誰もいないと思っていたのに。一人集中しているようで、入り口で突っ立っている俺には目もくれず綺麗なフォームでシュートを決める。回りにはボールが散乱していて、これを今から片付けるとなると一人では到底間に合わない。

「……赤司!」

一軍であり、キャプテンであり、クラスも違う赤司の名前を呼ぶなんて多分初めてなんじゃないだろうか。そんな大声で呼ばなくても聞こえただろうに、なんとなく緊張してしまった。分かるはずもないだろうが、恥ずかしい。

「時間、過ぎるぞ」
「ああ…そうみたいだね。ありがとう、お前も早く帰れよ」
「…ここの片付けしたら帰る」
「そう?それは助かるな」

言いながら笑って汗を拭う赤司に、思ってたより話しやすい奴なのかなと思う。キャプテンとしての赤司としか接点はなかったから、こうして普通に話すのはなんだか新鮮だった。その後帰る方向が一緒なことが発覚して、すっかり暗くなった道を2人で帰ったのはいい思い出である。不思議なことに、会話が途切れることはなかった。



「……あ」

図書室。窓際の席に座る赤司を見付けて思わず声が出る。
俺と赤司が初めて会話を交わしたあの日から一週間、あれ以来特に話すこともなくいつも通りの日常を送ってきた。なんとなく何を読んでるのか気になって歩み寄ってみたら、赤司の視線が俺を捉える。

「やあ」
「よ。赤司一人?」
「そうだけど、それがどうかしたのかい?」
「あーほら、いっつも緑間とか紫原とかいるじゃん。珍しいなと思って」
「成る程ね」

向かいの席に腰を下ろせば、本を閉じた赤司が肩を竦める。栞は挟まないのかと問い掛けたら覚えているから必要ないと一蹴されてしまった。さいですか。

「…バスケ上達本?」
「……あー…」
「随分勉強熱心だね」
「…俺、あんま上手くないからさあ」
「知ってる」
「うっ」
「だが、素材としては悪くない。そうだな…今日、自主練に入ったら第一体育館においで」
「…?」

練習、見てあげるよと言って立ち上がった赤司を見て、思わず閉口する。そのまま歩き出してしまった赤司の進行方向を見れば副キャプテンの緑間がいて、ああ返事できなかったなあと心の片隅で思いながら机に突っ伏した。
どうやらあの赤司が直接指導してくれるらしい。
俺の身体が持つことを祈りつつ、赤司が読んでいた本を思い出して瞼を下ろす。ああ、今日もいい天気で降り注ぐ太陽の光が憎い。うとうとと意識を揺らしながら、確かあれ恋愛モノだったよなあと思考を泳がせた。



それから、二人で遅くまで残ったときは一緒に練習したり、図書室で会ったときはオススメの本を渡されたりで何だかんだ仲良くなったと思う。赤司の周りに誰かがいるときにわざわざ話しかけることはなかったし、赤司も赤司で自分から来るようなことはなかったから自然と話すときは二人きりだったわけだけど、赤司の雰囲気がそうさせるんだろう、静かな会話がとても居心地良かったから、二人で帰ったときなんかはついつい長話してしまってたりして。
赤司が直々に教えてくれたシュートで二軍のレギュラーになれた。赤司オススメの本でぼろ泣きしたら笑われて、俺が渡した本で笑いそうになっている赤司を見て笑って、いつの間にか赤司といる時間がすごく大切に思えるようになった。
赤司が好きだ。
もう何ヵ月もしないで卒業する時期を迎えて、そんなことを思う。手のひらから離れたボールがゴールに吸い込まれていくのを見ながら、冬は感傷的になってダメだなと一人苦笑を零した。

「なまえ」
「あ、赤司じゃん」

ボールを拾いに行くと、先にそれを持ち上げる姿に視線を奪われる。制服姿で体育館にいるのはなんだか違和感があって、二人目が合ったら自然と笑ってしまった。

「高校決まったんだってな、おめでと。京都だっけ?」
「ああ。なまえはまだか」
「俺は普通に受験だからなー」
「推薦、取ればよかったんじゃないか?」
「うん、ちょっと後悔してる」

赤司からパスを受け取ってシュートする。そのままボールを拾ってドリブルして、やっぱり上靴だとやりにくいなと身を翻した。

「京都だと、よっぽどのことがないと会わないな」
「…そうだね」
「寂しくなる、な、あっ」

上着を脱いだ赤司に1対1を仕掛けるけど、あっさりボールを奪われて口が尖る。「甘いよ」なんて言いながらシュートを決められてはもうお手上げだ。軽くネクタイを緩めてその場に腰を下ろす。

「…寂しくなるなあ」

思いの外響いたその言葉に、ボールを構えていた赤司がこっちを向く。もう会えないなら気持ちを伝えてみようかと思って、それでも今の関係のまま終わらせた方がいいのかもしれないと浮き足立つ心を一喝した。あと3ヶ月。一体どれだけの思い出が作れるんだろう。

「寂しいかい」
「そりゃあねー。赤司と話してんの楽しいし」
「そうか。なら来るといい」
「?」
「洛山だよ。推薦は俺が取ってきてやる」
「…は?」
「付き合いたての恋人を、ここに置いて行くほど冷めてはいないからね」
「は…え?赤司?」

俺の前にしゃがんだ赤司が、にっこりと効果音がつきそうなくらい満面の笑みを浮かべる。ついでに頭を撫でられて、混乱した脳内をさらにかき混ぜられてるみたいだ。意味が分からなくて目が回りそうな俺の視界は、いつの間にか赤司とその後ろに見える体育館の天井に切り替わっている。…天井?

「…あれ?ちょ、赤司、」
「好きだよ、なまえ。今までは逃がしてあげてたけど、そろそろ捕まえてもいいだろう?」
「え、え」
「返事は?」
「よ…喜んで…」
「うん。いい子だね」

なんだかライオンに食べられる前のウサギみたいな気分になりながら頷けば、唇に柔らかいものが押し付けられて思考が真っ白にフリーズする。ドアップの赤司の顔はすごく綺麗で、いつの間にか絡め取られた舌の感覚に俺の全神経が悲鳴を上げた。

「んッう」
「…ん」
「ふ…っあかひ、まっれ」
「ん?」
「死んじゃう、し、心臓壊れる…!」
「(真っ赤…)…本当だ。すごいね」
「と、取り合えず退い…、え」
「なんだい」
「……赤司も心臓バクバクじゃん」
「…悪いか」
「ぶっ…はは、」

赤司の胸に手を置いたら、俺のそれと負けないくらい煩い心臓を感じて思わず吹き出してしまう。一転して不満げな表情になった赤司にごめんと謝ったら「誠意が感じられないな」と言われてしまって、それでもおかしくて堪らない俺は一人腹を抱えて笑い転げて、そして少しだけ泣いたのだった。





(ほら)
(?…洛山の…ごーかく、通知…)
(言っておいただろう)
(えっ…あれマジで…えっ)
(当然だろう)
(ええええええ!!?)


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お待たせしました…!どうも私はプラトニックの意味を履き違えてるようなんですがいかがでしょうか><
修正とかどんとこいですので、何かありましたらお申し付けください…!素敵なリクエストありがとうございました!!






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