陽炎の君 | ナノ








記憶回帰に夢物語



背中を軽く叩くように撫でてやっていたら、突然紗雪の身体が崩れた。咄嗟に抱き抱えるようにして表情を覗き込むと、口を開けた随分な間抜け面で眠っている紗雪がいる。
最近夜遅くまで物音がしていたし、疲れているのだろう。目の下にうっすらと隈が見えて、そこに唇を落とした。

「お疲れ様」

取り敢えずベッドへと運んでやろうと、背中に腕を添えて脚を抱えるようにして持ち上げる。

「……っ」

それはあまりにも簡単に持ち上がって、思わずバランスを崩しそうになった。小さく息を呑んで、その軽さに驚く。細い細いとは思っていたが、これではあまりにも軽すぎる。
ベッドに寝かせてその寝顔を眺めながら、先程より大分良くなった顔色に溜め息を吐いてしまった。
幼い頃の僕は、紗雪の笑顔しか知らなかった。他の人間と同じように愛想笑いを浮かべていたわけではいなかったようだが、とにかくずっと笑っていた。何がそんなに楽しいのかと聞いてみたことがあるような気がするが、生憎と紗雪の答えは覚えていない。

「…――て、良かった」

吐息のように紡いで、紗雪の隣に寝転びながら、呼吸を合わせるように僕も目を閉じた。










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