陽炎の君 | ナノ








でもきっと気付かない



時刻は午後11時を回ろうかというところ。仕事が長引いてすっかり遅くなってしまった。普段なら空を見上げながら帰るところも、今はとてもそんな気分になれない。我ながら大人げないと思いつつも、溜め息も止まらないまま家の鍵穴に鍵をぶっ差す。やや乱暴にドアを閉めて靴を脱げば、目の前に少し驚いた様子の征十郎君がいた。やべ、正直すっかり忘れてた。

「えーっと……」
「おかえり、紗雪」
「……ただいま。遅くなってごめんなー、ご飯ちゃんと食べた?」
「ああ」
「よかったよかった。はー、風呂でも入るかなー」
「紗雪」
「あー?なあに」

忙しすぎてメールするのすら忘れてた。悪いことをしたなあと思いつつ、早くこのイライラを消し去りたい一心で髪を掻き上げる。しかし目の前に立ちはだかる征十郎君がそこを退く気配はない。
不思議に思って(大分険しい顔をしてしまったが)征十郎君を見上げると、ぬっと腕が伸びてきて逃げる間もなく抱き寄せられてしまった。

「え…なになにどうしたの…!?怖かった?寂しかった!?うわあごめんね!」

さすがスポーツマンというか、中学生ながら俺より大分しっかりとした体に顔を押し付けられて軽くパニックに陥る。若干挙動不審になりながらも、こんな子供に不安を与えてしまった罪悪感に思わず背中に腕を回してあやすように撫でていると呆れたような声が落ちてきた。

「はあ、違うよ」
「え?じゃあなに?」
「…今日は大分疲れてるみたいだからね。お疲れ様、紗雪」

……なんと、もしかして俺は中学生に宥められているのか。俺がしていたように背中をぽんぽんと撫でられて、思わず放心してしまった。
あー、でも、なんだろなあ。

「それは……ありがとう」

あまりにも普通に甘やかしてくるものだから、思わず笑ってしまった。いい子だなあ、征十郎君。
これはちょっとだけ甘えてしまおう。










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