陽炎の君 | ナノ








甘く香る蜜の誘い



「征十郎くーん、重いよー」

先程から背中にへばりついている身体に軽く肘を当てて離れるように促してみるも、征十郎君が動く気配はなくてどうしたもんかと溜め息が零れる。皿を洗い始めたときからこれだ。正直すっごい肩が凝るからやめて欲しいんだな、それ。

「ほらー、俺風呂入ってくるし」
「一緒に入るかい?」
「バカ言ってんじゃねーの。征十郎君はさっき入っただろうが」
「チッ」
「大体、うちの風呂は男二人では入れません」

渋々といった様子で離れた征十郎君は、先日彼女がどーのこーの話したあたりから何かとスキンシップを図ってくる。最初のうちは乱心したかと心配になったが、なんだか楽しそうにしているので違うらしい。男に抱きついて何が楽しいの?と聞いてやりたいくらいだが、そっとしておくことにした。

人に触られるのは苦手だ。
他人が触った服だとか、他人が作った料理だとか、他人が入った風呂だとか。幼い頃はそれら全てがとても汚いものに見えて仕方なくて、とにかく触れることが気持ち悪かった。食事に抵抗があったのもその頃で、食べては吐き食べては吐きみたいな生活を繰り返していたと思う。
その感覚は成長するに伴って段々と薄れてはきたけど、せっかく出来た彼女との触れ合いですら疎ましく思ってしまったりして、結局誰とも長続きはしなかった。誰といても、心から安らいだことなんてなかったんだ。



「征十郎君は平気なんだよなぁ」

抱き着く度に身を硬くする紗雪に、この行為は嫌かと聞いてみたことがある。あまりに嫌がるようなら今後控えようと思って発した言葉に返ってきたのは上に述べた通りのもので、正直少し拍子抜けした。それから、人に触られるのは苦手なこと、平気でも擽ったさはあるから身構えてしまうこと、僕がしたいなら何時でもして構わない旨を伝えられる。紗雪の口から自身のことが語られるのは初めてで、許されているんだろうかと胸が苦しくなった。紗雪にとってはなんでもないことだろうに、らしくもなく振り回される。

(それもいいか、なんて)

相当に毒されている自覚はある。だからこそ、埋まった距離は単純に嬉しかったのだ。


「征十郎くん、重いっつーの」
「紗雪が小さいんだよ」
「へー、明日のご飯豆腐ハンバーグにしよ」
「それは邪道だ」
「年上を敬わないからですー」
「………」
「(おもしろ)」










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