陽炎の君 | ナノ








滲むシュガー



ふあ。
間抜けにも飛び出た欠伸は下を向いて噛み締めつつ、手を休めてコーヒーを口に含む。目の前に座る同期の手元からはッターンッターンとエンターキーの音が忙しなくて、まああれだ、うざい。煩いじゃなくうざい。非難めいた視線をそうは受け取らなかったそいつは、暢気な声で「遠坂ー、起きろー」と手を振ってきた。うっさい起きてるわボケ。

「つかもう昼じゃん。メシ食おー」
「おー…なんだお前、また手作り弁当かよ」
「ああ、ついでだからな」

キリよく終わった書類を脇に寄せ、弁当の包みを開く。征十郎君の弁当箱より一回り小さいそれに手を合わせて箸を持った。

「……?なんだよ」
「いや。お前メシ食うようになったよなぁって」

くるくるとペンを回しながら言われた言葉に、前から食ってるぞと当たり前のことを返せば鼻で笑われた。なにこいつうざいんですけどさっさと仕事進めろよと心の中で呟いていたら、愛妻弁当を掲げた上司まで会話に加わってくる。

「それ俺も思ってたぞ。最近顔色いいしな、いいことだ!」

………以前の俺はそんなに酷かったのか。そんなに悪い顔色で出社していたのか。
まあ確かに、征十郎君が来てから三食作ってるし、作ったら食べるし、自然と規則正しい食生活を送ってるのかもしれないが。そう言えばここ数年変わらなかった体重は右肩上がりに増えてきている。

(あんま疲れなくなったしなぁ)

程よく味の染みた煮物を口に運びながら、やはり適正体重を目標にした方がいいかとおにぎりにかぶりつく。目の前で気持ちよく食べてくれる征十郎を見ていると、ついつい箸が進んでしまうのだ。(まあ今は何故か真正面に座っただらしない顔して弁当の写メ撮ってる上司が見えるんだが)

「………ああああ…」
「…どうした遠坂…」

突然机に突っ伏した俺を見た同期がドン引いた声を掛けてくる。失礼な奴だな、しょうがないけど。
征十郎君に影響されまくりな自分になんとも言えない感情が湧き上がってきただけだから、どうか気にしないでください。










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