陽炎の君 | ナノ








水中で喘ぐ鳥



一方俺は静かに混乱していた。

声が出た瞬間にしまったと思っても止まらず、せめて軽い調子で喋ろうと努力してみたけど不自然じゃなかっただろうか。いやはや大の大人が寂しいだなんて、思ったのも口に出すのも一体何時ぶりなことか。
征十郎君に彼女がいると思い当たったとき襲われた息苦しい感覚には少しだけ覚えがある。否定の言葉を聞いたとき浮き足立った心もだ。なんだか随分と絆されてしまったなあと頭を掻こうとして、まだ濡れていることを思い出しドライヤーに手を伸ばした。二つ並んだ歯ブラシとコップが目に入る。
征十郎君でこれだなんて、自分に娘でも出来たら嫁になんて出せないんじゃないか。
温風を浴びながら冗談にもならない思考に引き攣った笑いを零して、その後は無心で髪を乾かした。


「じゃあ俺先に寝るなー。おやすみ」

明日は何時もより早い出勤だ。ミントの香りで清々しい口元を擦りながらリビングを覗いて声を掛けると、征十郎君の視線が妙に熱く俺を捉えていた。え、なんだろ。まさか歯磨き粉ついてる?

「征十郎君?どした?」
「ああ、ちゃんと髪を乾かしたか気になっただけだよ。…おやすみ、紗雪」

目の前に立った征十郎君は確かめるように俺の髪を掬って、そのまま目元だけで笑って挨拶を返してきた。なんか子供扱いされたような気がするけど、昨日髪乾かさないまま寝て翌朝大変な髪型になってた俺を憐れんでの行動な気がしたからなにも言わないことにする。取り合えず「ありがとう」って言っといたし、さっさと部屋戻って寝ることにしよう。




(髪に触れようと伸ばした手に身を竦める仕草をした紗雪は、自分の身体が強張っていることにすら気付いていなかった)










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