陽炎の君 | ナノ








砂漠で泳ぐ魚



「征十郎君イケメンだからな。女の子達は放っておかないよね」

納得したように笑いながら頷く紗雪に、つい溜め息を吐いてしまった。なんだかどっと疲れが襲ってくる感覚に見舞われて背凭れに頭を預ける。片手で視界を遮りながら、ゆっくりと口を開いた。

「いないよ、彼女なんて」
「え、そうなの?」

心底驚いたという音色で返されたそれに、少しだけ気分が重くなる。こんな一言で左右されてしまう感情なんて持ち合わせていないつもりでいたのに、何時の間にか深く侵食されているらしい。また吐きそうになった溜め息を飲み込みながら頭を振る。

「でもさ、今時中学生でも付き合ったりってするんだろ?黄瀬君も彼女いるみたいな話聞いたし」
「…今時って、随分と古めかしい言い方をするね」
「はは、二十代と中学生の差は大きいからなー」

「よっ、と」肩にタオルを引っ掛けたまま立ち上がった紗雪が何でもないことのように放った言葉は、不思議なほど現実味を帯びなかった。未だ学生でもおかしくはない歳で一人働いて暮らしている紗雪の雰囲気は、どことなく軽い。相手に合わせて話し方も変えているのか、正直年の差はそこまで感じなかった。
八年。それだけの溝が確かにここにはあるのだけれど。

「まーでも、征十郎君が部活に彼女にって忙しかったら俺が寂しいし。よかったよかった」

背中を向けられたまま言われた言葉に一瞬思考が止まる。
そのまま髪を乾かしにバスルームへ向かってしまった紗雪に言葉を返す暇もなくて、だけど今はそれでよかったのかもしれない。

「…だから…」

そういう不意打ちは、ずるいんだ。










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