陽炎の君 | ナノ








愛すべき擦れ違い



「紗雪は彼女とかいないの」
「はぇ?」

ご飯を食べシャワーを浴び、ソファーに座って寛いでいた俺の隣に座った征十郎君の口から投げ掛けられた言葉に首を傾げる。何か答えるよりも先に「どうして?」と返してしまったのは、その質問が疑問系で終わらなかったからだろうか。

「…夜遅くなることは滅多にないし、あっても仕事関係だ。休日は休日でそんなに出掛けている様子も見られない。僕に遠慮しているのかとも思ったけど、携帯の使用頻度からしてそれも無い」
「はは、それ聞かなくても分かってるよな?わざわざ聞くなんて意地悪ー」

つらつらと紡がれる言葉に肩を揺らして笑いながら、やっぱりさっきの質問は質問じゃなかったんだなぁと足を伸ばす。別に隠すことでもないし、正直に言えばどうでもいいことだったので軽く手を振ることで答えた。征十郎君の口はまだ止まらない。

「僕がここに住み始めた時、紗雪は休日はあまり家にいないと言ったね」
「?うん、まあ言ったかも」
「僕と暮らし始めた途端にそれがなくなった。…確かに紗雪には僕の面倒を見るように話が行っているだろうけど、それは義務じゃない。紗雪が僕を前提にして行動することはな――…」
「あ、ちょっと。たんま」

ぱふ。
間抜けな音を立てながら征十郎君の口を塞いだはいいが、引っ込めるタイミングを一切考えていなかったので手はそのままで喋り続ける。征十郎君は何か勘違いをしているようだった。問題がなければわざわざ指摘したりはしないけど、俺が征十郎君に対して抱いている気持ちに負の感情なんてないことは知っておいてもらわなければならない。

「あのな、休みに出掛けなくなったのは征十郎君と話してる方が買い物より何倍も楽しいからだし、飲みに行かないのは征十郎君と食べるご飯が好きだからだよ。征十郎君が俺の生活に枷を嵌めてるわけじゃなくて、俺が好きなことやってるだけ」

分かった?と目だけで問い掛けたら小さく頷いたので手を引っ込めて頭を掻く。確かに以前の俺は滅多に家にいなかったからそう説明していたけど、まさかそれを気にしているとは思わなかった。
ぐいぐいと腕を引かれて傾いだ身体に征十郎君の腕が巻き付く。少しだけ驚いたけど、別に嫌でもなかったからそのままにしていたら腕の力が強まった。

「征十郎くーん?」
「ん?」
「どしたの、寒い?」
「いいや。ただ、遠慮するのもそろそろ止めにしようかと思ってね」
「ふうん?」

なんだ、まだ遠慮なんてしてたのか。ならこれは甘えられてるのかなと一人結論付けて頭を撫でてやりながらほっこりとした気分に酔いしれる。猫がなついてきたみたいでとても嬉しいです、はい。

「あ」
「え?」

それにしてもなんで突然彼女なんて話になったのか頭の片隅で考えて、それから思い付いた可能性に思わず声が上がる。顔を上げた征十郎君と視線を合わせて、今時の子は進んでるな…とおじさんみたいなことを思った。

「ごめん、彼女連れ込むのはナシでお願いしたいなあ。健全に外でデートしてなさい。ね?」










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テーマ「人外ファンタジー」
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