小説 | ナノ
「ねー、なに食べたい?」
「湯どうふ」
「…こんなに暑いのに湯どうふ食べたいの…」
「ダメかい?」
「いや、いいけど。ていうかもう少し作りがいのあるやつにしてよ」
征十郎の家から歩いて10分程の距離にあるそこそこ大きなスーパーで、夕飯の買い物中。豆腐を出汁で茹でるだけのものをリクエストされてがっくりと肩を落とす。
「湯どうふか…京都だし豆腐も美味しいんだろうなあ。はあ」
「じゃあ、肉じゃが」
「湯どうふに肉じゃがって合うの」
「…ああいえばこういうね」
「………」
分かりやすく目を泳がせ始めたなまえに、どうせ暑いから暖かい食べ物が食べたくないんだろうと見当をつける。基本的になまえは自分の欲求に素直だ。食事に関しては特にそれが顕著に現れる為、食べたくないものはとことん食べようとしない。毎年夏バテ寸前のなまえに無理矢理食事を摂らせるのが僕の仕事になっていた。
(放っておくとアイスやらジュースやらでしか腹を膨らませようとしないしね)
「征十郎ー、アイス」
「家に着くまでに溶けるから却下」
「そんな…」
適当な食材をかごに放り込みながら征十郎を見上げるも、涼しい顔で却下されてしまった。なんだよけち。
軽く頬に空気をためつつ今日のメニューを頭の中で整理して、ついでに明日の分も軽く購入しておくことにした。結構な量はあるがあの冷蔵庫だ、軽く入ってしまうだろう。
「冷蔵庫空っぽだったけど、まさか外食三昧とかしてるの?」
「まさか。あれはたまたまだよ」
「それならいいけど…ちゃんと食べなきゃダメだからね」
「なまえにそんなことを言われるなんてね」
「俺はいいんですー」
「何が。よくないだろ」
「?」
「なまえに何かあったら、僕が生きていけないからだよ」
「……は、」
一拍おいて、ぶわっと顔を赤くしたなまえに思わず口角が上がる。「恥ずかしいやつ…!」と小さく叫んだなまえは耳まで真っ赤になっていて、今日はよく赤くなるなと目を細めた。会計を済ませ、二つのレジ袋の片方をひったくるようにして持っていったなまえの横に並ぶ。
「……」
「何だい」
「…いつか絶対に征十郎をギャフンと言わす」
「は?」
「いまに見てろよ」
「意味が分からないんだけど」
随分と恨めしげな視線を寄越されるが、別に怖くもなんともない。むしろ必然的に上目遣いになってしまっているので、可愛いという言葉がしっくりきてるんだが……何も言わないことにしよう。
「…なんか今失礼なこと考えた」
「そんなことはないよ」
「嘘つき、バレバレだばーか」
「…で、結局何泊することにしたんだ」
「逸らしたな……んーと、決めてない」
「決めてない?」
「うん、決めてない。適当に三日くらいかなあって思ってた」
「そうか。好きなだけいるといいよ」
「んー」
空いている方の手でなまえの頭を撫でれば、まだ少しだけ湿っていた。買い物に来る前にシャワーを浴びたのにまだ乾いていなかったらしい。僕に比べるといくらか柔らかい毛質の髪を掬い取りながら、いっそこのまま監禁してしまいと何度目とも知れない欲求に目を瞑った。
(はー、暑かった)
(なまえ、さっさと動け。食材が悪くなる)
(……ちゅーしてくれたら動く)
(…いいよ。おいで)
(わーい)
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そんなこと言いながら夏休み中いそう