小説 | ナノ






『こっちにおいで』
「……は?」

電話越しの声に首を傾げる。手足をベッドに投げ出しながら携帯を構え直した。

「こっちって、京都?」
『ああ』
「えー、暑そう」
『夏休み中寝ているつもりか?』
「でも、うーん…涼太とかと遊ぶ約束もしてるし…ていうか征十郎、部活は?合宿とかないの?」
『流石に休みくらいあるよ。いいからおいで、分かったね』
「えー…」
『僕の言うことは?』
「ぜったーい。…いやいや、おかしいだろ」
『…なまえ』
「……」
『なまえ』
「………征十郎は、いつ休みなの」
『…そうだね――…』











「……あっ、つ、い…」

ジリジリどころかドロドロとした日差しが降り注ぐ。完全に舐めていた。俺は夏の京都の恐ろしさを知らなかったのだ。心なしか東京より大きく見える太陽から逃げるように、手のひらで申し訳程度の日陰を作る。京都駅はなんだか異様に輝いていて、記念写真でもと取り出した携帯電話はなんだか熱を持っているように思えた。

「何してるんだい」
「…あ、征十郎だ」
「征十郎だじゃないよ。改札で待ってろって言わなかった?」
「いやー、人の波に流されちゃって…久しぶり。ていうかよく見付けたね」
「ああ、それだよ」
「え?」
「携帯。GPS」
「…俺の居場所征十郎に筒抜けなの」
「知らなかった?」
「うん」

なまえはすぐいなくなるからねと肩を竦める征十郎に驚愕の表情を浮かべる。確かにこの携帯は征十郎から渡されたものだけども。そんな設定されてたのか。

「ほら、取り敢えず行くよ」
「お、おう…あ、」
「観光でもするかい?」
「いや、暑いし…明日の方が涼しいらしいから、明日行きたい」
「そう。じゃあ僕の家だね」

ひょいと持ち上げられた俺の荷物に手を伸ばすも、征十郎はさっさと歩き始めてしまった。それなりの人の多さに慌てて後ろを追いかける。がやがやとうるさい駅構内だったが、征十郎の声はよく通っていた。
それから電車に乗って移動すること数十分、こっちで征十郎が使っているアパートに到着した。ちなみにあまりの暑さに耐えきれなかった俺は、途中で凍ったペットボトル飲料を購入してひたすら首筋に押し当てる作業に没頭していたので駅からの道のりは全く覚えていない。問題はない、はず。

「ほら、入って」
「おじゃましまーす…」

征十郎に促されるまま中に入る。玄関と呼ぶには少し質素な気もしたが、まあ学生の一人暮らしなんてこんなものだろう。

「おお、でも結構広…っわ」
「…久しぶり、なまえ」
「おー…いや、暑いし…先にクーラーつけよう…」
「十分冷たいよ」
「そりゃさっきまで氷当ててたし…う、く、すぐったい」
「なまえ、」
「…ああ、もう」

男二人が玄関で抱き合ってるのって画的にどうなんだろうとも思ったが、なんだか逃げられないようなので諦めて征十郎に体重を預けてみた。視線を横に流すとしっかり施錠されたドアが見える。いつの間に閉めたんだろう。

「ね…せめて靴脱いでからにしようって」
「ああ」
「………返事したら動け、バカ」
「ん」

動くどころかこっちに身体を傾け始めた征十郎に足が震える。俺が限界を迎えたら中々悲惨な結末を迎えなければいけない気がしたので、なんとか腕を持ち上げて征十郎の顔をこちらに向かせた。ついでに軽く唇同士をくっつけてやる。

「……はあ」
「溜め息吐くなー、バカ」
「バカはどっちだか」

やっと腕の力を緩めてくれた征十郎は足元に転がっていた荷物を持ち上げて中に入ってしまった。なんだよサービスしたのにと一人ごちて俺も上がらせてもらう。軽く靴を整えるとエアコンのスイッチを入れる音がした。

「ふ」
「……なに」
「顔、真っ赤だよ」
「そんだけ暑いの!」

肩を震わせて笑いを堪えている征十郎になんだか無性に腹が立った。おまけに唇に指を立てて「近所迷惑だろう」と諌めてくるしもう、

「…ちくしょおーなんだよばかあ久しぶりだから頑張ってみたのにいい」
「分かってるよ、ありがとう。ほら」
「…うう…」

思わず床に踞って額を打ち付けて悶絶する。わしゃわしゃと犬にするように髪を掻き回されて余計に恥ずかしくなった。
差し出されたグラスには俺が好きな炭酸飲料が入っていて、征十郎が飲まないそれはわざわざ買っておいてくれた物なんだろうと容易に予測できる。それを飲んで顔の火照りを鎮めようとしてみたけども、目の前からの視線になんとも言えない気まずさを感じた。

「なまえ」
「……」
「愛してる」
「ぶフォ!ッげほ、げほ…っ」
「ちょっと、部屋を汚さないでくれるかな」
「う…っけほ、…あほ…もうやだ…」
「…早く拭きなよ」

どうやら今日の征十郎は相当に頭が沸いているらしい。真顔でそんなことを宣うものだから炭酸飲料が思いきり気管に入る。溢れ出てくる涙とどうしようもない感情に今度こそ死にそうになりながら、布巾を取るべくキッチンへと向かうのだった。



(…征十郎…)
(なんだい)
(冷蔵庫の中すっからかんなんだけど)
(ああ、そうだったかな)
(…買い物行こうか)

―――――――――――――――――
京都宅にお泊まり。多分続きます



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