13.夏の終わり
「あー!やっと終わったなー。」
合宿からの帰り道、私達はいつものように家の最寄駅から家に向かって三人で帰路に着いていた。
最終日は昼で練習が終了となりバーベキューをして、春高に向けて皆で指揮を高めてから解散となった。なんだか4日間ずっと一緒にいたから、明日からゆっきーにも、かおちゃんに会えないのは寂しいけど、春高予選に向けて私は一段とみんなのサポートを出来るように頑張ろうと気持ちが高まった。
「黒尾は主将だから皆から引っ張りだこだったもんね。おつかれさま。」
バレー大好き少年の黒尾も流石に4日間バレー詰めは疲れているのかなと、頭ひとつ分高い彼を見上げて労った。
「えー、何。ナマエチャン、俺そう言うのジーンときちゃんうんだけど。もしかして、主将として頑張ってる俺に惚れた?」
「はあ、労わって損した気分。」
「おい!何で!」
いつものように軽口をたたく黒尾に興味なさそうにゲームをしながら歩いている研磨。
全部が新鮮に感じていた合宿生活から、いつも通りの日常に戻ってきたみたいで何だか落ち着く。
▽
「お、夏祭りやってんじゃん。」
遠くか見える提灯や、ガヤガヤとした賑やかな声、ソースの焼けた匂いを感じて黒尾が先の神社の方を指差した。
「え、祭!?行きたい。」
そういえば、今年は部活に一生懸命で夏らしい事を一つもしてないことを思い出した。急に子供みたいなワクワク感が込み上げて二人を見返した。
「俺はいーけど。研磨は?」
「人混み疲れる。それに早く帰ってゲームしたい。」
黒尾は私の提案を承諾したけど、研磨は嫌そうに顔を顰めていた。いつもだったら、ここで諦めて帰っていたと思うけど、一年に一回しかないお祭りに、私のテンションは高くなっていた。
「えー!射的とか金魚すくいとかいろんなゲームあるじゃん。研磨ゲーム好きでしょ。」
「別にやりたくない。」
「ははーん、さては研磨。私に負けるのがわかって逃げてるんだな。」
まだ数ヶ月の付き合いだけど、研磨が負けず嫌いってこと私は分かってる。ここはいっちょダメ元で、研磨の負けず嫌いをくすぐってみようかなと思った。
「は?」
「私得意だもん!射的とか百発百中だよ!反射神経いいから金魚掬いもできるし。」
「射的なら俺の方がうまいよ。最近SPFはまってるし。」
「えすぴー?なにそれ?」
「行くならさっさといくよ。早くやって帰るから。」
「え?研磨もきてくれるの?」
「ナマエがいったんじゃん。」
「わーい!黒尾も早く早く!」
神社の方へ歩いていく研磨を追いかけて、私は苦笑いしている黒尾を呼んだ。
早速、私達は射的を見つけると三人で対決することにした。
「私はアレとる!三毛猫と黒猫のキャラクターのキーホルダーのやつ!」
「アレ、的にしてはちっちぇえんじゃねえの。」
黒尾が私が指差すキーホルダーを見て目を細めた。
「大きい方が重そうじゃん!」
私は標準を定めて三毛猫を撃つ。だが、弾は掠った程度で残念ながらキーホルダーを取ることができなかった。何度か挑戦してみたものの結果は同じだった。
「あれ?おっかしーなー?」
「おっかしーなじゃねえのよ。全然ダメじゃねえか。」
「そういう黒尾はできるの?」
「まあ、見てなさいって。」
黒尾はそう言うとゲームの主人公みたいにカッコつけて銃を構えた。しかし、打った弾は私以上に変なとこへ飛んでって通りすがりの小学生に下手くそと言われていた。
「ちょ、本当にやめて。黒尾のギャグ線高すぎて無理だから。」
「どっちも全然だめじゃん。」
「いや、流石に黒尾くんよりは出来てたじゃん!?」
ツボに入った研磨と私はボー然としてる黒尾を見て、お腹を抱えて笑った。
今度は研磨が銃を構えると一気に二発続けて打って、三毛猫と黒猫の頭に綺麗に弾があたった。キーホルダーは綺麗に倒れて、店主のおじさんがキーホルダーを研磨に渡した。
研磨は店主からもらったキーホルダーを私の方へ突き出す。
「はい。」
「え、私にくれるの?」
「欲しかったから一生懸命取ろうとしてたんじゃないの。」
「うん。ほしい……ありがとう、研磨。」
「別に。俺はナマエに射的で勝ちたかっただけだから。」
「ふふ、そうだね。私の完敗だ!」
私は研磨から受け取ったキーホルダーを観察してみる。飄々とした顔の三毛猫と黒猫は、どこか研磨と黒尾に似てる気がした。研磨は照れくさそうに手元のゲーム画面に視線を落とした。
「おーい、俺焼きそば買ってくるから二人で花火の場所取りしてきてくれね?」
黒尾が私達の肩を叩いて言った。なんだかんだで黒尾は祭りを楽しんでくれる気らしい。
「えー、まだここにいるの?」
「折角来たんだから焼きそばと花火は堪能しねえとだろ!ほら、早く頼んだぞ!」
明らかに嫌そうな顔の研磨に黒尾は慣れたように対応する。研磨も研磨で人混みは好きではないものの渋々周りをきょろきょろと見回してるあたり付き合ってくれるらしい。
「あ、研磨。あの辺なら良さそうじゃない。」
「あー、どこ?」
「こっちこっち。」
目を細めて見回す研磨に私は研磨のジャージの袖を掴んで引っ張った。少し歩いたところで人混みが減った階段へ足を止める。
「ここなら良さそうでしょ?」
「うん。人少ないし良いんじゃない。」
私達は階段に腰を下ろすと黒尾に連絡を入れて待つことにした。焼きそばは混んでいるのかメールの返信は帰ってこなかった。
「あ、そだ!さっき研磨にもらったキーホルダーつけよっと。」
私は思い出したようにカバンのポケットからキーホルダーを取り出す。
「え、スクールバックにつけるの。」
「うん!皆に祭り行ってきたって自慢する!」
「バレー部が知ったらうるさそう。」
私の言葉を聞いて何とも言えない表情をした研磨が、私のスクールバックについたキーホルダーをじっと見ていた。
辺りは既に暗くなり始めていて、近くにある提灯の優しい光が私達を照らしていた。
「はは、確かに。じゃあ、やっぱり祭りのことも研磨に取ってもらったことも秘密にしておこうかな。」
「……別に言ってもいいよ。」
「え、」
「ナマエが嬉しそうだから。」
驚いて隣を向けば挑戦的に口角を上げて微笑む研磨と目が合った。初めて見る研磨の表情に、そんな顔もするんだと胸が少し高鳴った。
「それに山本クンが面白い反応しそうだから」
「ぷっ、ちょっと想像しちゃった。三人だけ青春っぽいことしてズルいっていじけそうだね。」
「うん。そうだね。」
虎の悔しがる姿を想像して私たちは笑った。
「でも、やっぱり秘密にしよっと。」
「なんで?」
「だって、秘密にしておいた方が何か嬉しい気がするから。私達だけの思い出って感じでさ。」
「……そう、俺は別にどっちでもいいけど。」
何だか臭いセリフ言っちゃったかな、研磨に惹かれてないかなと思ったけど、研磨はいつも通りゲームの画面に視線を戻していて、そこまで興味がなかったのかもと安心する。
その時、大きな音がして見上げたら色とりどりの花火が空に輝いていた。
「あはは、始まっちゃったね。黒尾、残念!」
「並びながら悔しがってそう。」
「あー、想像できちゃう。」
たった数ヶ月前まで、自分がこんな風に二人と楽しくお祭りに来てるなんて全く想像できなかった。
「今年の夏は二人に会えてよかったな。毎日、すごく楽しいんだ。本当にありがとう。」
私が研磨に言うと、研磨は困ったような顔をして一瞬会っていた視線を直ぐに逸らした。
「俺は別に何もしてないよ。まあ、でも、俺もナマエがいなかったら、こういう機会もなかったと思う。」
研磨の言葉にいろんな気持ちが詰まっているような気がして、私はまた嬉しくなった。
もう夏が終わる。こんなに予想できないことがいっぱいで楽しい夏は最初で最後かもしれないなと、そんな気がした。
20230924