9.俺の幼馴染達



俺が彼女と出会ったのは八歳の小学校二年の頃。親父と二人で、じいちゃんとばあちゃんの家に引っ越すこととなった年のことだった。二学期の初めという、中途半端な時期にも関わらず、俺が転校をしたのと同じタイミングで転校をしてきた俺、そして同学年の女子がもう一人いた。それがナマエだった。

正直言うと、俺は初め、彼女のことが苦手だった。

「なあ、隣のクラスにも転校生来たんだってよ。」
「知ってる。俺、この間一緒にサッカーしたけど、すげー強かったぞ。」
「まじか。俺も今度勝負したい。」
「じゃあ、今日の放課後にソイツ誘って一緒にやろうぜ。」
「おう。」
「てか、お前のクラスにも転校生いるんじゃなかったっけ。」
「あー。うん。いるけど、しゃべったことない。」

俺は同級生達の会話を尻目に、次の授業の教科書を準備するふりして忙しそうに取り繕った。聞くつもりのない自分の話題というのは非常に聞いていてて居心地が悪いものだ。

先程の会話でもう一人の話題の人物である転校生のミョウジナマエは、男の中に混じってサッカーをする、男みたいな女だった。髪は肩よりも短くて、男よりも乱暴な言葉遣いをしていたのを聞いたことがある。おまけに、彼女は俺と同じ時期に越してきたのに、人見知りもせず、俺よりも早く学校のクラスメイトに馴染んでいた。正直に言えば、彼女を好きになれない理由は妬みだった。彼女が目立てば目立つほど、人との輪に溶け込めば溶け込むほど、人見知りな自分と比べられてるのでは無いだろうかと、焦りが出てくる。

俺は頭を振って雑念を振り払おうとした。分かっている。俺は気にしすぎだ。自分が彼女と比べられてるなんて、誰かに言われたわけでもない。そうは思いつつも暗い気持ちを抱えながら、帰りのチャイムが一刻も早くなるように祈った。友達の少ない学校生活はひどくつまらないものだ。



放課後、学校の終わりを告げるチャイムがなり、皆が其々に仲の良い友人と集まって帰り支度をはじめる。俺は皆がグループで帰るなか、一人で帰るのが気まずい為、できる限りゆっくりと支度をして、人気がなくなってから教室を出た。

校舎を出ると、グラウンドで数人の生徒がサッカーしているのが見えた。よく目を凝らすと、昼休みに教室の前で話していた同級生達と噂の転校生の女子がいる。別にサッカーが好きというわけではないが、自分には混ざれない景色にすこし羨ましくなる。転校する前であれば、自分も友人と同じようにグラウンドを駆け回ってサッカーをしていたかもしれない。今頃、友人達はどうしているだろうか。もしかすると、俺のことは、もう忘れているのかもしれない。なんとも言えない寂しい気持ちで目の前の光景を眺めていると、ボールがコツンと足元に当たった。驚いて視線を上げると、目の前には転校生の女子がいて、足元のボールを拾い上げていた。

呆気に取られて間抜けな表情をしていただろう俺は、彼女と目があって固まってしまう。自分の中でとはいえ、妬ましい気持ちを勝手に彼女にぶつけていたため顔を合わせるのが気まずかった。

「なに?サッカーまざりたいの?」

彼女の発した声は、俺が圧倒されてしまうような強気な声だった。俺にとっては、自分から大人数の輪に混ざるなんて憧れのまた憧れだし、無遠慮な物言いは、やはり彼女のことが苦手かもしれないと思わせた。自分の中の暗い部分を悟られないように俺は視線を足の爪先に移す。

「いや、その、見てただけ。」
「ふーん。でも、遠くで見てるだけじゃつまんなくない?」
「え、いや、別に。」
「この後なんか用事あるの?」
「な、無いけど。」
「じゃあ、一緒にやってけば。」
「え」

そういうと彼女は俺の腕を掴んで集団の元まで引っ張った。集団から好奇の視線が向けられるが、彼女は全く意に介してないようでズンズンと歩みを進めていった。

「おーい、コイツもサッカー混ざりたいってさ。いいよねー。」
「は?誰だよそいつ。」

恐らく隣の同級生であろうヤンチャそうな奴が顔を顰めて俺を見ていた。突然、知らない奴が現れれば、そりゃそうもなるであろう。俺は居心地悪くナマエの背に隠れるように後ずさった。しかし、ナマエは俺の腕を離すことなく、訝しげにコチラを見ている同級生を前に仁王立ちした。

「知らん。こっち見てたから、声かけた。」
「いや!ナマエの友達じゃねーのかよ!」

あまりにあっけからんと彼女が俺のことを知らないというものだから、同級生は突っ込むように言った。

「別にいいじゃん。もしかして、ソッチとコッチで同じ人数になって、負けるのが怖いの?」
「はああ!?そんなわけねーし!」
「じゃあ決まり。きみ、アタシと同じチームね。こっちのチーム1人人数少ないから。」
「え、」
「そういえば名前は?アタシはナマエ。」
「て、鉄郎……。」
「ふーん。よろしく。テツロー。」
「お前にも負けねえからな、覚えとけテツロー。」
先程、訝しげにコチラを見ていた同級生が殊勝に笑って俺を見る。
「覚えとけも何も、今あったばっかじゃん。」
ナマエは淡々と同級生に突っ込むように言った。
「うっせ!」
同級生の恥ずかしがるような言葉に場は一気に和やかな雰囲気になった。当たり前のように空気を変えてしまうナマエに俺は心底彼女がすごいと思った。

気づけば話はトントン拍子に進んでいて、俺はナマエと同じチームでサッカーをすることになっていた。初めは緊張してうまく動けなかったものの、ナマエがミスするたびに揶揄うように軽口を叩くので、ムッとした俺は気付けば必死にボールを追いかけていた。10点目のゴールを俺が決めた時、遠くから先生の声が聞こえる。

「コラー!お前らまた家に帰る前にグラウンドでサッカーして!先に家帰ってから遊べって言ってるだろうが!」
「やべ!カトセンに見つかった!お前ら解散だ!帰るぞ!」

同級生の言葉を皮切りに、一斉に皆がランドセルを抱えて走り出す。沢山走って疲れていたはずなのに、皆ここ一番の速さで走り出していた。

「オマエ、家どっちだ!」
「え、俺は右。」
「じゃあ、ナマエと一緒の方向だな!ここでお別れだ!」
「う、うん。」
「お前のことは鉄ちゃんと呼ぶ。俺のことも達ちゃんと呼んでいいぞ!」
「ちょっと、早く走らないとカトセンに追いつかれるって。」
「そーだな。じゃあな、ナマエ、鉄ちゃん。」
「またねー。」
「ま、また!」

流れでナマエと帰ることになってしまった。そう言ってるうちにも、先生が俺たちを追いかけてくるのでナマエと二人慌てて駆け出す。暫く走って、後ろから誰も追いついていないのを確認したところで、俺たちは足を止めた。ふと隣を見るとナマエは汗だくで酷い顔をしている。そんなナマエと目があったので、ついつい俺は笑ってしまった。それにつられてか、ナマエも笑い声を上げる。

「なんで、人の顔見て笑うんだよ!」
「ナマエも笑ってるじゃん!」
「先に鉄ちゃんが笑うからだろ!」
「だって、俺ら逃げるの必死すぎだろ。もうとっくに誰も追いかけてきてないのに。」
「それは言えてる。走るのに必死すぎて鼻の穴広がってたわ。」
「はー、やめろ。これ以上笑わかすな。」

一通り笑うと、俺たちはクラスのこと、転校してきた理由など話しながら歩いた。どうやら、ナマエの家はテンキンゾクというやつで、転校をしょっちゅうしているから学校が変わるのは慣れっこらしい。何回も同じことを繰り返しているのであれば、慣れるものなのかもしれないが、俺からすれば何度も友達を作る努力をしなきゃいけないなんて、考えただけで疲れる。知らないうちに苦手意識ばかりを彼女にもっていが、話を重ねていくほど不思議とそれは薄まっていった。彼女は自分とは違う人種だが、嫌なやつではないと分かったからかもしれない。

それを機に、俺とナマエは顔を合わせれば話をしたり、時にはクラスのやつを交え放課後に遊んだりするようになっていた。それから、暫くしてクラス委員が一緒になったのも、俺たちの話すきっかけを更に作った。

「お、鉄ちゃんもじゃん負けか。同じ園芸委員会だ。」
「あ、ナマエも?」
「うん。同時にジャンケンした人、七人も居たのに、皆パーだしてアタシだけグーだった。運なさすぎじゃね?」
「ブッ!!」
「おい、笑うなよ!!結構失礼だよね、鉄ちゃんって。」

ナマエとはクラスこそ違ったが、腐れ縁の重なりで顔を合わせる頻度が多かった。当時、彼女がどう思ってたかは知らないが、俺は研磨を除いて同年代だとかなり彼女に気を許していたと思う。そもそも、クラスメイトと仲良くなったキッカケも彼女にあったので、子供ながらに彼女に恩を感じずにはいられてなかった。

一方で、ナマエは色んな友人と交流しているところをよく見るものの、たまに見かけると一人でいる時も度々あった。童心ながらに、ナマエは浅い付き合いをするのは得意だが、深い付き合いをするのは得意ではないのかも知れないと思った。俺は何となく、彼女が一人でいるところを見かけると声を掛けにいくようになった。

「よお、ナマエ。今日はサッカーいかないのか?」
「あ、鉄ちゃん。うん。今日はサッカーの気分じゃないから断った。」
「ふーん。じゃあ、今日何すんの?」
「んー、今日は帰って弟のメンドー見るかな。別に他にやりたいことがあるわけでもないし。」

そういえば、彼女は最近弟が産まれたと言っていたことを思い出す。だが、特別弟の面倒を見るためにサッカーを断ったと言う訳ではなさそうだった。

「大人数で居るのってたまに疲れる。あ、別に皆のこと嫌いってわけじゃ無くて。」

ナマエの意外な告白に驚いた。と、同時に俺も気持ちは分かるので、自分とは真反対だと感じていた彼女に少しばかり親近感が湧いた。

「なあ。じゃあ、今度サッカーの気分じゃない時はバレーやろうぜ。俺の友達も誘って三人でさ。それくらいの人数なら疲れないだろ。」
「バレー?いいけど。友達って他のクラスの人?」
「うん。いっこ下の学年に研磨って友達がいるんだけど、俺と家が隣同士なんだ。そいつもバレーやるから良く遊ぶ。」
「ふーん。でも、アタシ、まともにバレーやったことないよ。父さんに少し教えてもらったことあるけど、そんくらいだし。」
「大丈夫。俺が教えるから。それに研磨も凄いいい奴だから、ナマエも直ぐに仲良くなれると思う。」
「へえ。鉄ちゃんがそこまで言うんなら、きっとバレーも楽しいし、研磨ってやつとも仲良くなれるかもな。」
「え、そう?」
「うん。鉄ちゃん、私が一人で暇そうにしてると、よく話しかけてくれるじゃん。鉄ちゃんこそいいやつだよ。だから、鉄ちゃんと仲良い研磨もいいやつなんだろうなって。」
「え、いや。まあ、それは。てか、俺がナマエに話しかけてること気づいてたのか?」
「何となくそうかなとは思ってた。今ので確信したけど。」

そう言うナマエは嬉しそうに見えたので、俺の真意を知って嫌がっているようではなかったので安心した。

「てか、ひっかけかよ!ナマエは頭いいな!」
「え、そう?」
「うん。あ、じゃあ俺こっちだから。」
「じゃあね。楽しみにしてるよ、バレー。」
「おう!」

数日後、俺はナマエのクラスに向かって先日の約束を果たすために話しかけた。

「ナマエ、この前言ってた話だけど、来月の最初の土曜日に一緒にバレーしようぜ。」
「あー。鉄ちゃん。……ごめん。急だけど、アタシ、来月引っ越すことになってさ。」
ナマエが俺に暗い顔で申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

「え、どこに。」
「兵庫県ってとこ。そこの支店のセキニンシャってやつが辞めたから父さんが代わりに行くんだって。またテンキンってやつ。」
「マジかよ。」
「ごめん。約束したのに。」

ショックのあまり言葉が出てこなかったけど、ナマエの方が辛そうなように俺はみえた。テンキン、慣れっこって言ってたのに本当は辛いんじゃないのかって何となくそう思った。

「俺はいいけど。ナマエは大丈夫なのかよ。またイチから友達つくるのとか大変じゃね。」
「その辺りは慣れてるから大丈夫。前に話した通り、転勤なんていつものことだし。」

ナマエは俺の言葉に苦笑して返す。大丈夫って言うナマエに俺が心配の言葉を掛けるのも無粋なことだろう。

「また、コッチ帰ってくる?」
「分からない。でも、ばあちゃんちはこっちにあるから、きっとまた来るとは思うよ。」
「そっか。」
「もし次会った時に覚えてたらさ、バレー教えてよ。あと鉄ちゃんの友達にも会わせて。本当は鉄ちゃんの友達に会えるの凄く楽しみにしてたんだ。」
「……うん。わかった。」

ナマエと話したのは、それが最後だった。小学校の頃なんてケータイもパソコンも持っていなかったから連絡先を交換するなんて考えも思いつかなかった。



「───黒尾、ねえ聞いてるの?」
「ん?」
「ん?じゃないよ。さっきから呼びかけてもシカトしてんだもん。ねえ、研磨、黒尾ガン無視だったよね?」
「うん。見事に無視されてた。」

隣を見るとナマエが不満そうな顔で俺を見上げていた。昔と違って今は肩よりも長くなった髪が汗でピッタリと首筋についていた。
その隣で俺の幼馴染は興味なさげにタオルで自分の汗を拭っていた。

「ほら、研磨もこう言ってる。」
「あー。すげー、ぼーっとしてたわ。」
俺は昔の出来事に思いを馳せていたことに、何となく気恥ずかしくなって目を逸らしながら答える。

「もしかして合宿で暑さにやられて熱中症気味?大丈夫?」
「その割にはクロの顔元気そうだけど。」
「確かに。いつもより元気そうだし、練習での調子も良さそうだったね。それに、いつもにもまして胡散臭そうな笑顔で梟谷の木葉くんのこと煽ってた。」
「おい、最後のは余計だろ。」

ナマエは俺のことを心配していたかと思いきや、研磨と二人で楽しそうに俺のことをイジリ始める。

「いやー、お前ら何か凄く仲良くなったな。俺はなんか感慨深いぜ。」
「は?急に何で上から目線?研磨どうする?黒尾のこと一旦シメる?」
「ナマエって、たまに暴力的な発言するよね。」

ナマエの発言に研磨がフッとおかしそうに笑った。人見知りな研磨がここまでナマエに心を許し始めている姿をみるとやっぱり幼馴染としては感慨深く思ってしまうのも仕方ないだろう。

「間違えた。黒尾のこと、ちょっとだけエイッエイッって懲らしめる?」
「言い直したけど、対して意味変わってない。」

ナマエが人の首にヘッドロックを掛けるような動作をしながら戯ける。研磨は既にいつもの表情に戻っていて淡々とナマエにツッコミを入れていた。

「二人が俺なしでも仲良くやってるとこをみると、少し寂しいくらいだぜ。」
「あっそうなんだ。」
「へえ。」

俺の言葉にナマエも研磨も興味なさげに返事をした。いや、二人とも塩対応すぎない。

「それよりも午後もあるんだから、うちの主将には頑張ってもらわないとね。はい、タオル。」

なんだかんだ言いつつも、俺のことを労るような言葉を掛けてくるナマエに感動しつつ俺はタオルを受け取った。

「クロ、俺へのレシーブが雑になってきてるから、お願いね。」

本当に研磨くんはブレないよね。

20230924
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