8.始まりの火蓋



「おーう!黒尾、ナマエっちー!久しぶりだなー!ん?いや久しぶりでもねーのか!?まあ、いいや。今日も負けねーぞ!覚悟しろよ!ワーハッハッハ!」
「今日もうるせえな木兎は。」
「久しぶり。今回もよろしくね。」

先週から夏休みが始まり、本日から5日間の長い長い夏合宿がスタートする。毎年、夏合宿は都内よりも少しだけ涼しいことを理由に、森然高校で行っているようで、例年通りに私たち音駒高校バレー部は森然高校に来ていた。確かに、この場所は山の方にあるだけあって、空気が少しカラッとしててマシなように感じた。それでも、三十度を超える気温は変わらないので、研磨は茹だる暑さを恨むように太陽を睨んでいたけれど。

打って変わって、梟谷学園のぼっくんは相変わらず元気そうで、黒尾を見つけるとパワフルな様子で話しかけてきた。後ろには赤葦くんが控えていて、ペコリとコチラに会釈をしていたので手を振った。

「ナマエさん、すみません。ウォームアップのストレッチお願いしてもいいっスか。」
「了解。テーピングも持ってくるから、ちょっと待っててね。」

心配していた虎の怪我も、何とか夏合宿までに回復して、みんなと同じ練習に混じれるようになっていた。しかし、念には念を入れて今回の合宿中は入念なストレッチ、それからテーピングを施して怪我が再発しないように注意を払うことにした。最初から虎に声を掛けるつもりだったけど、自身から私に声を掛けてくれるようになったあたり、少しは私のことを頼ってくれるようになったようだ。それには素直に嬉しくなる。

「はい。テーピング完了。今日から合宿頑張ろうね。」
「ウッス!ありがとうございます。」

虎は気合い入れに自身の両頬を叩くと、練習に混じっていった。前回の合宿の一日目は梟谷との練習試合からスタートしたけど、今日は生川高校との試合からスタートだ。生川は強烈なサーブとブロックを強みとしたチームだけど、音駒はどちらかといえば相性が良いチームのようで順調な滑り出して試合を行うことができた。

第一試合は生川に見事勝利をおさめ、良いスタートを切ることがてきたものの、次の試合では惜しくも梟谷に勝ちを許してしまった。ぼっくんの強烈なスパイクは今日もキレキレでノッてしまうと中々音駒の守備力を持ってしてでも防ぎきれないようだ。

そして、前回の梟谷での合同合宿のペナルティでは体育館をフライング一周をしたものの、森然高校での練習の際は体育館裏の坂道をダッシュするのが通例らしい。それを知った研磨の絶望した顔は、失礼ながら印象的すぎて忘れられなかった。トレーニングのランニングも、いつも嫌そうだもんね。

それから、今回の夏合宿は長丁場ということもあり、森然高校のみに負担が大きくならないように、学校ごとに役割を分担することとなった。私は練習後のコートの片付けと鍵締めを担う。森然の体育館は三つほどあり、学校自体もとても広いため前回とは違って少し大変そうだ。

合宿中は練習後にも、食堂が閉まるギリギリまで自主練をする選手が多いため、夕方になると森然高校のマネージャー、真子ちゃんが気を遣って私に先にご飯を食べさせてくれた。夕食を急いで済ますと、私は其々の体育館の鍵を持って見回りに行く。真子ちゃんの言っていた通り、自主練をしている選手は想像していたよりも多く、みんな全国大会に進むために等しく努力をしているのだと感じた。

「おい、ナマエ、俺も手伝う。モップ貸せ。」

最後に第一体育館の片付けをしていると、黒尾が食堂から戻ってきてくれたのか。こちらへモップを寄越すように手を伸ばしていた。

「え、黒尾ご飯は?」
「もう食った。風呂まで時間あるし手伝う。」
「えー、いいのに。疲れてるでしょ。」
「いいんだよ。お前もたまには人を頼れよ。」

そういうと、黒尾は私からモップをさり気なくとって掃除を代わってくれる。黒尾の申し出を断るのも無粋だと思い、優しさに甘えることにした。私は体育館の隅々を忘れ物がないかをチェックしていく。最後に体育館の電気を消して鍵を閉めた。

「ありがとうね。黒尾のおかげで早く終わったよ。」
「おう。まだ、初日だし、ナマエも早く休めよ。」
「ええ、いつもに増して優しい。なんか怖い。」
「何でだよ!俺が優しいのはいつもの事ですぅー!」
「うん。そうだね。さすが音駒の主将。頼りになるよ。」
「おい。マジレスはやめろ。照れんだろうが。」
「何よ。どっちよ、面倒臭い。」
「めんどくさい言うな。」

黒尾と宿舎まで戻っていると、前から誰かがやって来るのが見えた。どうやら、梟谷のゆきちゃんと赤葦くんだ。足取りは体育館方向に向かっているように見える。

「ゆきちゃん、赤葦くん、おつかれさま。どうしたの?もう体育館の鍵閉めちゃったよ。」

私の声に気づくと、ゆきちゃんがコチラに手を振って歩いてきた。赤葦くんもゆきちゃんの後を続いている。

「ナマエっち、おつかれさまー。赤葦が体育館にタオル忘れちゃったみたいで。ごめんねー。鍵借りてもいいかな。」
「ああ。タオルって、もしかしてこれ?」

私は第三体育館に置いてあったタオルを思い出して、確かめるように持っていたタオルを見せる。持ち主が誰か分からなかったので、それぞれのチームに確認しようと思っていたのだ。手間が省けて良かった。

「それ、俺のです。」
「そっか。よかった!見つかって。」
「すみません。俺たくさん汗かいたんで、汚いです。タオル濡れてましたよね。」

珍しく赤葦くんが慌てた様子でタオルを受け取ろうとする。私は彼の気遣いにシンプルに驚いた。だって練習したら汗かくのなんて当たり前なのに、それを拭いたタオルを触るのが汚いなんて一度も考えたことがなかった。音駒のチームの皆だって何も考えずに、私に使ったタオルを渡してくることが多い。それだけ、彼は人に気を使う性格何だと思った。

「気にしないで。汚いなんて全然考えてなかったよ。一生懸命がんばったら汗かくのなんて当たり前だしね。それよりも、持ち主が見つかってよかったかな。はい。」

私は思ったことを、そのままに赤葦くんへタオルを返した。赤葦くんは、いつも通り礼儀正しくお辞儀をしてタオルを受け取った。
よくみると彼の頬から汗が伝っているのが見える。赤葦くんは最後までぼっくんに付き合って自主練していたようなので、休む暇もなくタオルを探しにきたのだろう。隣のゆきちゃんも前髪がピッタリと汗で張り付いて暑そうだった。

私は自分の抱えているクーラーボックスの中にドリンクがまだ余っていたことを、ふと思い出す。

「そういえば、二人とも喉乾いてない?ドリンク多く作りすぎちゃって余ってるんだ。あ、いらなかったら全然無理しなくて飲まなくて良いんだけど。黒尾に全部の飲ませたら、流石にお腹タプタプになるかなって、持って帰るつもりだったんだ。」
「お前、さらっと俺の扱い悪いの会話にぶっ込んでくるなよ。」
「え、いいの?いるー。やったー、ありがとー。」
「白福さん、スルースキルすごくないデスカ?」

ゆきちゃんはそう言うと嬉しそうに、私が開けたクーラーボックスの中からドリンクをとった。保冷剤を途中で入れ替えたし、まだ冷えてるみたいでよかった。

「赤葦くんも、良かったら飲む?」
「はい。ありがとうございます。」

赤葦くんもゆきちゃんに倣ってクーラーボックスからドリンクを受け取った。

「美味しいー。これ普通のスポドリじゃないよね?」

ゆきちゃんは早速飲んでくれたのか、ドリンクにコメントをくれた。

「うん。試しに、ハチミツとレモンでスポーツドリンク作ってみたんだ。多く作りすぎちゃったから勿体ないけど捨てるとこだったの。」
「へえ、すごい!これ、おいしいよね、赤葦。私売り物かと思ったよー。」
「はい。美味しいです。ドリンクを手作りするって、俺には思い付きませんでした。」
「あはは、そんな大それたものじゃないよ。私部活入ったの最近だから分からないこととか教えてもらうことが多いし。自分ができそうなこと試しただけ。」

ゆきちゃんと赤葦くんのストレートな褒め言葉に照れてしまって、私は赤い顔を冷ますように手を振って顔の熱を逃した。

「ナマエさんは女神なんですか?」
「え?赤葦くん、ごめん、なんて?めが……?」

赤葦くんの唐突な言葉に私は意味が全く分からず聞き返す。何かの流行りの言葉なのだろうか。

「おいおい、何言ってんの、この子!?」
「あー、赤葦も木兎に負けず劣らず変なとこあるから気にしないで。」

黒尾も赤葦くんの言ってる意味が分からなかったようで、驚嘆したように突っ込む。それに対してゆきちゃんは、全く動じない様子で気にしないようにと言った。もしかすると赤葦くんの彼なりの冗談めかしたお世辞なのかもしれない。私はゆきちゃんの言葉に合致がいって赤葦くんに視線を戻した。やはり、眉ひとつ動いて照れている様子もみえない。からかって馬鹿にしているようにも勿論みえないが。

「あ、そういうこと?赤葦くんお世辞が上手いね!突然変わった褒め方するから、私びっくりしちゃった。」
「いや、お世辞とかじゃないです。ナマエさんは本当に素晴らしいと思いました。」
「うんうん。ありがとうね。あ、ボトルは明日にでも返してくれれば大丈夫だから。おやすみなさい。ゆきちゃんは後で部屋でね。」
「うん。また後でね。」
「おやすみなさい。」

二人に挨拶をすると、私たちは再び宿舎に戻るために帰路についた。先程、黒尾が寝る前に音駒でミーティングすると言っていたので、帰って管理棟へ鍵を返したら、直ぐにお風呂を済ませよう。

「お前さ、何というか、人たらしなとこあるよな。」

黒尾が不意にポツリと考えるように呟いた。今度は黒尾の言葉の意味が分からず、私は眉を顰めて数十センチほど身長の高い彼を見上げた。

「え、急に何?意味わかんないこと言わないでよ。」
「あー、まあいいわ。」
「そう言われると気になるんですけど。」
「なんつーか。明日も頑張ろうなって事だよ。」
「いや、絶対違うじゃん。」
「フグッ!」

明らかにめんどくさくなって誤魔化された言葉にイラッとしたので、私は黒尾の横腹に軽くグーパンした。そんな力入れてないのに大袈裟に悶える黒尾を横目に足をすすめる。

「オッマエ、まじゴリラ。少しは手加減しろよ。」
「え?したよ。黒尾クンが軟弱すぎるのでは?」
「ちっげーし!ナマエがゴリラすぎんだって!」
「はい?そんなにゴリラゴリラ言うなら人語分かんないから、もう二、三発手が滑っちゃうかもな。」

私は両手の関節をポキポキと鳴らして黒尾にガンを飛ばす。

「はい!スミマセンデシタ!オジョーサマ!俺が荷物持ちましょうか?」
「うむ。苦しゅうない。表を上げよ。」
「殿様かよ。」

そうして合宿の一日目は終わりを告げた。

20221004
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