7.其々の想い



先日の合同合宿を終えてから、チームの指揮が夏合宿や春高予選に向けて、じりじりと高まっているのを肌で感じる。

一方で研磨と山本くんの間には、未だ不穏な空気が流れていて、コンビネーションがうまくいかないことも多々あった。私だけでなく、他のみんなもその事に気づいているようだったけど、(夜久くんをのぞいて)口には出さずにもどかしそうに見守っていた。

「お疲れさまです!」
「あ、おつかれさま。山本くん。」

山本くんの足は合宿で怪我をしてから完治には至っておらず、練習前にテーピングを施すようにしていた。毎日の小さなケアが身を結び少しずつ良くなってきてはいるものの、思うように練習ができないことに、山本くんはもどかしく感じているようだった。研磨とのコンビネーションが上手くいっていない分、余計に焦っているところもあるのだろう。一分一秒でも怪我が早く治るように、私もできることはサポートしたいと思う。私は手当たり次第、色んな資料を読み漁ったり、直井先生に調べた内容を聞くこともあった。

そういった経緯もあり、私と山本くんは話す機会が増えていき、以前よりも距離が近くなったような気がする。怪我をしてしまったことは非常に残念なことだが、山本くんとの仲が良くなったことは私にとって嬉しい誤算であった。

「今日はいつもと違うテーピングの方法を試してもいいかな?いつものだとガチガチで動きにくいかなと思って。」
「は、はい。よろしくお願いシャス!!」
「ありがとう。よいしょっと。こうして、ここを掴んでこうっと!」
「イテテテテ!!ナマエさん、また力強えっス!!」
「あ、あれ?ごめんね。」

私は慌てて力を緩めてテーピングを行う。初めて行うテーピングの方法に四苦八苦はしたものの、何とか手元の資料をみながら施すことができた。まだ違いは分からないけども、今日一日テーピングの具合を見て、明日からどっちの方法でしていくか考えようということになった。
その後、山本くんのストレッチのサポートに入り、入念に筋肉を伸ばしていく。怪我をしているときはの痛みを逃すために、いつもと違う動きをして次の怪我を引き起こすことも良くあるみたいだから、テーピングでの固定と二次災害を防ぐウォーミングアップは重要らしい。

「これくらいの力で押しても大丈夫?痛くない?」
「ウッス!ありがとうございます。」
「うーん。なんか、今日はいつもよりも足の筋肉張ってるみたいだし、皆と同じトレーニングじゃなくて、足に負担かけない筋トレを多めに入れた方がいいんじゃない?」
「!!?」

山本くんが私の言葉に衝撃を受けたような顔で見返す。前までは目も合わせてくれなかったのに、大きな進歩だと嬉しくなる反面、あまりにこの世の終わりみたいな表情をしてコチラを見るものだから笑ってしまった。コートがいつでも使えるわけじゃない分、少しでも多くスパイクの練習して技術を磨きたいと思っているんだろう。

「そんな悲しい表情しないで。きっとその方があっという間に怪我も治るから。」
「……分かりました。」

山本くんは苦々しい表情をしつつも大人しく相槌をうって、だけど悔しそうにコートを睨みながらストレッチを再開した。あまりにも親の仇のような表情でコートを見つめているので、山本くんの視線の先を辿ってみると、研磨の方を見ていることに気がついた。黒尾から二人は取っ組み合いの喧嘩をするほど不仲だと聞いたけど、それは本当のようだった。現に入部して二人の様子を見て思うことは、殆ど会話してるところを見たことがない。たまに見たとしても不穏な空気で二、三言、言い合いしてるぐらいだ。

「そういえば、新チームなって直ぐに、研磨と喧嘩したんだってね?」

変に探るのも良くないかと思い、山本くんに研磨との関係についてストレートに聞いてみた。私がしゃしゃり出て何かやるのは違うかと思っているけど、当時あった出来事を振り返って、整理することは悪いことではないだろう。

「はい。孤爪に聞いたんですか?」
「いや、黒尾から。二人が話してるとこって見たことないから、私が黒尾に聞いたの。」
「あー、そうだったんスね。」

山本くんは苦い表情で目線を下げた。当時の研磨とのやり取りを思い返しているのかもしれない。

「二人の間で何かあったの?」
「まあ、別に大したことは無いです。ただ、俺はアイツがプレー自体は上手えのに、どっか手を抜いてる感じが許せないんです。それに、先輩に対しても敬語使わねぇし、ナマエさんにもそうじゃないですか。俺はアイツのそういうところが気に入らないんです。」
「あ、私のことも気に掛けてくれてたんだ。優しいんだね。」
「え!?いや、そのなんというか。」

山本くんが私の事も気に掛けてくれているのはシンプルに驚きだったので、感謝の気持ちも含めた言葉が口をついて出た。山本くんは私の反応が予想外のことだったのか、顔を赤くてして忙しなく手をワタワタと振っている。

「でも、研磨に敬語使わなくて良いって言ったのは私なんだ。どっちかっていうと私の方が後に部活入ったし、毎日教えてもらうことばかりだから皆には本当に感謝してるの。私が山本くん達に敬語を使いたいくらいだし。だから、山本くんも私のこと呼び捨てでも大丈夫だよ?」
「いやいや、ナマエさんの方が学年も上ですし、後から入ったとか先に入ったとか俺にとっては関係ねえっスよ!それに、敬語使われるのは逆にやり辛えッス。」
「そう?ありがとうね。でも、私はマネージャーだから皆と近い距離でいれると嬉しいし、何かあったら気兼ねなく頼ってね。」

私は山本くんにお礼を言って、彼のストレッチを続ける。山本くんは何か考えるように空(くう)を見ていた。

「俺も、アイツと仲良くした方が良いってのは分かってるんス。でも、何というか、まだ上手くいかねえっていうか。」

誰がとは言わなかったけど、研磨とのことだとは直ぐにわかった。

「そっか。まあ、でも仲良くってのは無理してなるもんでもないしね。」

私の言葉に山本くんが目を瞬かせていた。

「どうしても譲れないことがあってぶつかっちゃうことはあると思うし、それなら私は納得できるまで無理しなくてもいいんじゃないかなって思うよ。」
「……そこは仲良くしろって言うとこじゃないんスか?」
「私自身が人付き合い上手くできるわけでもないから、そんな事は言える立場じゃないよ。はい、ストレッチ終了。じゃあ、黒尾に練習メニュー相談しに行こうか。」
「え!!」
「あはは、そんな絶望的な顔しないで。気持ちはわかるけど、今日スパイク練ができなくても夏合宿に合わせて調整していくことの方が大事だと思うよ。だから、今日一日だって有意義なトレーニングにできるようにがんばろう。」

山本くんは苦虫を噛んだような表情をした後、ゆっくりと頷いた。その後、黒尾に相談しにいくと、やはり筋トレメニューを行うということで、私もサポートを行うことになった。

最初は皆と同じメニューに混ざれないことに難色を示していたものの、いざ筋トレメニューを始めると嫌々取り組むことはなく、真剣にトレーニングをこなしていく。

山本くんは目つきも悪くて、喧嘩っ早くて、派手な見た目だけど、彼はバレーボールに対して誰よりも真面目なようだ。だから、研磨の時々手を抜いてしまうところや、それでも器用にプレーできる姿が目につくのかもしれない。

「おつかれさま。これ以上やったらオーバーワークだから、そろそろ切り上げようか。」
「あともう少し、やらせてください。」
「それ、さっきも聞いたよ?」
「最後です!」
「はい、だめです!今日の元気は明日に取っておくこと。」
「え、あ!?」

私は山本くんが使っていたシャフトを持ち上げると元の位置に戻した。山本くんは何故か唖然とした顔で私を見ている。

「ん?どうしたの?」
「いや、そのシャフトの錘、俺でも数回上げるのがやっとに設定してあったんですけど……ナマエさん馬鹿力過ぎませんか?」
「えー、なに。いじられてる?」
「いや、そうじゃなくて。」
「はい、タオル。クールダウンして今日は終了にしよう。」

私は山本くんにタオルを渡してトレーニングルームの片付けを始める。私が片付けを始めているのを見てか、山本くんも慌てて片付けを始めた。彼が律儀な性格をしていることは先程の会話で分かっていたので、私が片付けを始めたら放っておくことはないだろうと思ったのだ。

二人で片付けを終えてトレーニングルームから体育館に戻ると、皆もクールダウンを始めていた。ちょうどいいタイミングだと、皆に合流して私も山本くんのストレッチを行う。

「おい、ナマエ。ドリンクのボトル増えてたけど、持ってきたのナマエだろ。あれ、新しく買ったのか?」

黒尾がクールダウンを終えたのか、ストレッチを手伝っている後ろから声をかけてきた。

「ああ、男子バスケ部に使ってないのが多めにあったみたいで貰ったの。私からも言ったんだけど、主将にお礼言っておいて。」
「おー、分かった。主将って、ナマエと同じクラスのやつだっけ。」
「うん。明日クラス来てくれたら紹介する。」

視線を黒尾から前方に戻すと、なんとも言えない表情をしている山本くんと目が合った。

「ナマエさんって中学校のときもマネージャーやってたんスか?」
「うんん。全然。運動部には入ってたことはあるけど、選手としてだったよ。」
「その割には慣れてますね。」
「そう?それは嬉しいな。ありがとう。」

私は山本くんの言葉が素直に嬉しくてお礼を言う。山本くんは私の反応を見て何かを決意したような顔をすると、ソワソワとし始めた。ストレッチは終わったけど、何かを話したそうなので、少し待ってみる。

「ナマエさん、その、」
「うん?」
「俺のこと、虎って呼んでください!」
「え!!」
「え!!嫌っすか!?」

山本くんの言葉に驚いて、私はつい驚きの声を上げてしまう。少しずつ距離を縮めつつも、どこかやはり壁があるように感じていたので、山本くんの提案に驚いてしまった。これは、何かしら山本くんが私のことを認めてくれたというような合図なのだろうか。

「いや、なんか嬉しいなと思って。うん、虎って呼ぶね。」
「!!、お、オネシャス!!」
「私のことも呼び捨てで呼んでいいんですよ、虎くん。」
「そ!それは、俺には出来ないっスよ!!」
「うん。分かってて言ってみた。」

かわいい反応に少し揶揄うようなことを言うと、気恥ずかしそうな顔をして頭をかいていた。尖っているように見えて、仲間想いでシャイな彼が研磨と理解し合える日も意外と近いのかもしれないと思った。

▽Kenma side

「どーやら、山本とも打ち解けたみたいだな。」

練習後、俺とクロとナマエの三人は、学校から駅までの帰路を一緒に歩いていた。そこで、唐突にクロが胡散臭い笑顔を見せながらナマエに先ほどの言葉を投げかけたのだ。ナマエは訝しげに顔を歪めながら、クロを横目で見ていた。

「え、急に何?」
「いや、山本のこと虎って呼んでたから。」
「あー、そうだね。まあ、ここ数日ウォームアップとクールダウンでずっと一緒にいたし。」
「俺のことも昔みたいに鉄ちゃんって呼んでいいんだぜ。」「いや、それはいいかな。」
「食い気味だな!」

そういえば片付けの時にナマエが山本くんのことを、あだ名で呼んでいたかもしれないと思い出してみる。何となく面白くない気持ちがして、ゲームのコントローラーを強く握りしめた。山本くんと俺は仲がいいとは言えないし、気まずい雰囲気が続いているからだろう。他意はない。

「今じゃあ、研磨よりナマエの方が山本と仲良いんじゃねえのか。」

クロが面白がるように俺に言った。俺は相手にするのも面倒で、クロを一瞥すると溜息をついて、ゲームに視線を戻した。

「黒尾はそうやって煽ることばっか言わないの。同じ人間なんて一人もいないんだから、人の仲もそれぞれでしょうが。」
「ごもっとも。まあ、もうちょっと研磨と山本が仲良くなってくれれば、俺は良いと思ってるけどな。」

クロが俺にチクリとする言葉を投げかける。無意識に口角は下がっていく。俺だって、その方がいいのは分かってるし。簡単に出来るならとっくにやってるし。いつだって突っかかってくるのはあっちなのに。

ナマエは珍しくクロの言動に口を挟まず、何かをを考えるような表情で黙っていた。もしかすると、ナマエもクロと同じ考えなのかもしれない。

「あ、やべ。」

クロは急に何かを思い出したような声を出すとスポーツバッグの鞄を開けて、中身を探りはじめた。俺とナマエはクロの突然の行動に目を向ける。

「どうしたの?」
「ジャージ部室に忘れた。俺とってくるわ。」
「私達も一緒に戻ろうか?」
「いや、走って取ってくるから研磨とナマエは先に駅向かっててくれ。」
「分かった。」

クロはそう言うと、駅とは反対方向へ走っていった。俺は何となく気まずい気持ちでゲームの画面を見つめた。ナマエは何かを考えているのか、それとも何も考えていないのか、何も話すことはなく遠くの景色を眺めて歩いていた。

「ナマエも俺が山本くんと仲良くするように努力した方がいいと思う?」
「───え?あ、うーん。その方が楽しいとは思うけど、もし研磨が辛いなら無理することはないんじゃないかな。」
「そう。」

自分でも、何でそんな事を聞いたのかは分からない。ただ、気づけば思ったことが口をついてでてしまった。ナマエは俺の質問に返答をしてから、考えるように顎に手を添えた。

「どうしても上手くいかない時ってあると思うし、それに私はどちらかと言えば逃げた側の人間だから───」

ナマエの言葉の意味が分からなくて、俺は言葉を返すことができなかった。逃げた側の人間とは、何か過去のことを指しているのだろうか。ナマエはハッとした顔をすると、俺の方を見て誤魔化すように笑った。

「でも、二人は大丈夫だよ。時間は必要かもしれないけど、その内分かり合えると思うよ。」
「えー。俺は全然そう思えない。」
「大丈夫、大丈夫。私の目は確かだから。」
「何を根拠に。」

ナマエが先ほど言った意味が気になったけど、何となく聞いて欲しく無さそうなのを感じたので、敢えて気づかないフリをしてナマエとの会話を続けた。もし聞いてしまえば、少しずつ話しやすくなった彼女との関係が壊れてしまいそうな気がしたからだ。

「研磨は優しくて思いやりがあるし。いつか虎にも研磨の良さが伝わると思うよ。」
「……優しくて思いやりがある?それ、誰の話?」
「えー、なになに。謙虚だなー、研磨は。」
「そんなんじゃないから。」

何でもないことのように、ナマエはこうやって人を褒める。しかも、お世辞でなく本当に言ったままのことを思っているようにみえる。俺にはとても出来ないコミュニケーション方法だ。

「あ、そうだ。飴食べる?今日購買で買ったんだ。」
「うん。」
「はい、りんご味。この間、よく食べるって言ってたよね。」
「……ありがとう。」

こういうところが本当にズルいと思う。俺はナマエからもらった飴の封を開けて口に含んだ。俺の好きな味が口一杯に広がる。チラリと彼女の様子を伺うと、お節介な笑顔で嬉しそうに俺を見ていた。前に弟がいると言っていたけど、俺のことも同じような感じで構いたいのかもしれない。しかし、彼女の態度は決して押し付けがましいわけではなくて、真っ直ぐな優しさを純粋に持っている人なのだと思う。

彼女がバレー部に入ったばかりの頃は、弱みや隙がなく出来た性格の彼女に劣等感のようなものを感じていた。けれど、今は人間臭いところを俺にも見せてくれるようになったから、少し優越感があるというか、一緒にいる空間が心地良いようにも感じる。
俺は柄にもなく、彼女もそう感じていたら良いのに、と思った。

大した事もない話を重ねていたら、気づけば駅のホームに着いていた。

「黒尾遅いね。あっちのベンチに座って待ってよ。」
「うん。」
「お腹すいたー。あ、飴もういっこいる?りんご味もうなくなっちゃったけど。」
「うん。いる。」

先程と同じようにナマエから貰った飴の封を開けて口に含むと、今度は口いっぱいに甘酸っぱい味が広がった。どうやらレモン味のようだ。ナマエが暇を持て余すように俺のゲームの画面を覗き込む。直ぐ近くからシャンプーのような優しい香りがして、少しドギマギしてしまう。

先ほどのモヤモヤした気持ちは気づけば晴れていた。彼女は全く根拠なく、俺が山本くんと打ち解けられるようになると言ったけど、本当にそうなれば良いなと思った。

20221004
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