(とあるクラスメイトAからの視点)

学校においての集団行動の戒めは、出る杭は打たれるという事だ。

自己主張の強い奴、自分勝手な奴、清潔感のない奴、コミュニケーション能力の低い奴。そういったことが要因でどこかしらのコミュニティに紛れる事のできない奴は学校で"浮いた"存在になる。そんな中でクラスメイトから浮いている彼女は自ら望んでそうしているようにもみえた。
比較的気立が良く、そこそこ気遣いがあり、見目は地味だが悪いわけではなく、話せばそれとなく会話が続く、それでも彼女の周りに人が居なかったのは、彼女自身が無意識なのか意識的になのか周りに対して壁を作っているからだろう。例えば、己の事は語らないし、プライベートでは誰とも関わろうとしない。その上、誰にだって、どんな時だって彼女は敬語を使う。その余所余所しさが決定的に人との関わりに一線を置いていた。
ある日クラスの女子がこんな噂をしていた。

「ウチの親が言ってたけど、ミョウジさんって父親とお兄さん亡くなっちゃったらしいよ。しかも母親はミョウジさん置いて海外飛び回ってるんだって」
「へー、大変なんだね。だからあんなにコミュ障なのかな?誰とも関わろうとしてないよね」
「言えてる。敬語うざいし。なんかキャラ作ってんのかな」

女の悪口はいつだって辛辣だ。一体、彼女がクラスメイトに何をしたというのだろうか。胸糞が悪くなる。そんな事を問われても学校というコミュニティは"浮いてる"存在が悪となるのだ。

そんな彼女が変わったように感じたのは、夏を過ぎた頃からだった。以前は休み時間になると一人で課題をしていたのに、最近は隣の席のクラスメイトと話すところを見かけるようになった。それから、俺とも目が合えば挨拶をするようになったし、冗談を言うようにもなった。何と言って良いか分からないが、全体的に雰囲気が丸くなったのだと思う。以前の彼女は、どこか常に緊張感のある雰囲気があった。

彼女へ辛辣な事を言っていた女子も、ハートバックスのカスタマイズについて話している場面を見た。俺からしたら女ってのは実に分からない生き物だ。よく馬鹿にしていた女と、あんなに楽しそうに笑えるものだ。

「ミョウジさーん!校門の入り口に知り合い来てるよ。しかもイケてる子。もしかして彼氏ィ?」
「え、そんなの居ません!」

彼女はそう言うと窓から顔を出して"イケてる子"を探した。そいつの存在を見つけると彼女は慌てたように帰り支度をする。そして机の上にある日誌に目を落とすと絵に描いたように「しまった」という表情をしていた。

「私がやっておくよ。急いでるんでしょ?」

彼女を呼んだ女はそう言うと、日誌を取ってにっこりと笑った。

「え、でも」
「いいのいいの!それよりも、コレやるから私に今度恋バナ聞かせてねー」
「え、ええと、違うんだけどなァ。ありがとうございます」

困ったように彼女は微笑むと鞄を持って駆けて行った。以前の彼女であれば、クラスメイトに何かを頼むなんて所想像できなかっただろう。なんとなく、彼女の駆けて行った先に変わった理由が関係している気がした。

しかし、ただのクラスメイトの俺は彼女の変化の理由について深く考えようとは思わなかった。



公園のブランコを2人で揺らしながら、千冬くんの口から言葉が紡がれるのを待っていた。表情は暗く、良い話では無いことは明らかだった。ブランコの鎖がキィっと寂しそうな音を立てて軋む。

「昨日」

ついに彼は心を決めたのか、意を決したように口を開く。

「昨日、場地さんが亡くなった」

初め言葉の意味が理解できなかった。
私の頭はゆっくりと単語の一つ一つを噛み砕いて言葉の持つ意味についてやっと処理をする事ができた。とても現実感がなくて、それなのに頭の奥ではキーンと耳鳴りがして夢じゃ無い事を告げているみたいだ。私はこの感覚を前にも感じたことがある。

現実だと信じたくなくて、もう一度彼に何と言ったか聞き返そうと思ったのに、苦しそうに表情を歪める彼を見ていたら、そんな酷な事言わせられないと開きかけた口を閉じた。

「何があったか、聞いても大丈夫ですか?」

千冬くんは頷くと事の経緯についてポツポツと話し始めてくれた。ある日、場地さんが対峙している組織にに加わった事、千冬くんを殴った事、その理由の全てが仲間のためだった事、それから悪い人に嵌められた友人が場地さんを刺した事、しかし彼は勇敢にも友人の為を思って自決をした事。そして最後は彼の手の中で冷たくなっていったこと。言葉につっかえながも千冬くんは辞めることなく、私に全てを話してくれた。

「ありがとうございます。辛い時に私に話しに来てくれて」
「いや、ナマエには助けてもらったのに説明が遅くなってごめん」
「いえ、私は何もしてないですよ」
「そんなことねえよ。ナマエが病院で言ってくれた言葉あっただろ。あの言葉で俺は救われたんだ」
「そうだったんですね」
「あ、そういえば場地さんが渡してくれって、亡くなる前に」
「え、私にですか?」
「うん」

千冬くんが渡してくれたのは何かの小さな紙袋だった。少しくしゃくしゃになっているソレを私はそっと開けた。中には紺碧の硝子玉が嵌められた猫のヘアゴムが入っていた。大人っぽいかわいいデザインだった。
ふと、私は彼と話していた帰り道をおもいだす。

−−−腕につけてればなくさねぇだろ。お前は色気無いんだから髪伸ばしとけ。

あんなにどうでも良さそうに乱暴な返しをしていたのに、彼は私の何気ない言葉を覚えていてくれた。そんな気がした。

堰を切ったように、私の瞳からは涙がいくつも溢れた。こんな場所で泣いたら隣にいる彼が困ってしまう。そう思って涙を止めたいのに、蛇口の壊れた水道のように、感情を止める術が見つからなかった。

「あ、ナマエ?ご、ごめん。泣くと思ってなくて。……こんなんしかないけど、使って」

千冬くんがポケットから慌ててティッシュを差し出してくれた。くしゃくしゃになった広告付きのティッシュだ。昔に場地さんが私に差し出したものと同じで懐かしい気持ちになった。千冬くんはいつも場地さんと一緒に居たもんね。同じ仕草までするなんて何だかおかしくて涙を流しながら笑ってしまった。
私の突然の表情の変化に千冬くんが不思議そうに私を見ている。

「ちょっと前なんですが、私が泣いた時に場地さんも同じように同じティッシュを差し出してくれたんです。なんか笑えちゃって。ふたりとも、ずっと一緒に居ましたもんね」
「あ……そっか」

千冬くんは困ったような嬉しいような表情をして微笑んだ。目には薄っすらと涙が滲んでいた。私は気づかないふりをして目を逸らす。

「場地さん、はじめて出会った時、アルバイト先のレジを半壊させたんですよ。ペヤングがないって」
「はは、場地さんらしいね」
「それからレジを壊されたら困るから、場地さん対策でペヤング取り置きしはじめたんです。そしたら場地さん凄く嬉しそうにしてて、その後もよく来てくれるようになって常連になったんですよ。どんどん顔を合わせる回数も増えて、話していくうちに怖いだけの人じゃないって分かっていって。短気だけど本当は優しくて、少しお節介なくらいで、情に熱くて、」
「うん」
「私、場地さんが怖くてやってただけなのに。それなのに感謝されるなんて可笑しいですよね」
「そんなことねーよ」
「最近は、ペヤングの取り置きをするのが好きだったんです。場地さんの喜ぶ顔が思い浮かんで。でも、もう……」

そこに続く言葉は出てこなかった。千冬くんも何も言わずに私の気持ちが落ち着くのを待ってくれているようだった。

「場地さんにありがとうって伝えたいです。式はこれからなんですか?」
「うん。今日の夜」
「私も参列しても大丈夫ですかね」
「俺から場地さんのお母さんに伝えておく。場所はメールで送るから」
「ありがとうございます」

千冬くんと別れた後、身支度を整えて式に行く準備をした。髪は低い位置で一つに括る。喪服には相応しくないとは思うが猫のヘアゴムを使った。場地さんに自分が使っている所を見せたかったから。鏡には情け無い顔の自分が映っている。不細工だ。

「良い子にしてるのにな」

The trouble is not in dying for a friend, but in finding a friend worth dying for.
(難しいのは友のために死ぬことではない。命をかけるだけの価値がある友を見つけることが難しいのだ。)


20210626
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