秋が来た。肌寒い日が続いて窓ガラスから映る木々は茜色に染まっていた。季節は変わってもマイキーさん達はふらりと現れると油を売りにきては私を揶揄ったり、場地さんと千冬くんは仲良くペヤングを買いに来てくれた。
平和な日々に大きな変化が訪れたのは、10月に入ってからの事だった。
あの日は珍しく千冬くんからの着信があった。以前に彼と番号交換をしていたが、一度だってディスプレイにその名前が表示される事はなかった。彼は用があればコンビニにやって来るのが常だったから。突然のことに首を傾げながらも、私は何の気無しに電話に出た。

「もしもし。千冬くん?」

電話からは妙な雑音だけが聞こえる。この音は、人の呻き声?不気味な雰囲気に私は携帯を握る力が強くなる。

「千冬くん?」
「××区の……ゲーセン近くの……ゴミ置き場に」
「え、なに?」
「動けなくて……ちょっと来てほしいんだ」

そう言うと電話から声が聞こえなくなった。動けないって彼の身に何かあったのだろうか。
私は真っ白になりそうな頭をフル回転させて考えた。千冬くんが言ってた区内には随分前に使われなくなったゲームセンターがあった筈、記憶のある限りだとそこ以外にゲームセンターはなかったと思うが。とにかくヒントはそれしか思い付かないので、震える足を前に踏み出してゲームセンターまで駆け出す。
電話からは尋常じゃない状況を感じた。一刻も早く向かわないと。普段走らないせいで呼吸が苦しい。足が鈍りみたいに重い。それでも私は余計な事を考えないようにして走り続けた。

ゲームセンターに行くまでの道に誰かが道端に倒れているのが見えた。まさか、あの金髪は。

「千冬くん!」

彼の元に近寄って呼びかけても反応がない。急いで怪我の状態を見る。致命傷では無いようだが、顔の形が変わる程に強い力で殴られていて出血が酷い。とても痛々しくて直視するのが辛い状態だ。意識もないようだし、早く病院へ連れて行かないと。
私は震える手でダイヤルを押した。電話に出た救急員の女性は救急車が直ぐに向かうと告げてくれた。しかし、この場所は入り組んだ道にある為、車で来るには時間がかかりそうだ。私は大通り沿いに出るために彼の腕を肩に掛ける。

「ナマエ……来てくれたのか」
「喋らなくていいから。そこの大通りの道まで歩ける?ここだと救急車に気づかれづらいだろうから」
「ごめ、ん」
「大丈夫だからね。もうすぐ救急車がくるから」

私は彼の苦しそうな声に視界が潤んだ。引きずるようにして大通りまで来ると、彼の頭をそっと膝の上に下ろした。彼の鼻からは未だ血が止めどなく出てきているのでティッシュをつめる。彼が痛そうにうめいた。

「ナマエ」
「それ以上喋らないで。今はじっとしてて。話は後で聞くから」

千冬くんは苦しそうに顔を歪めると目を閉じた。呼吸をしている振動が一定の間隔で膝から感じる。私はほっとして出来る限り止血をした。



目を開けると見覚えのない天井が映る。状況を把握しようと視線を彷徨わせると張り詰めた顔をしたナマエが側に座っていた。俺が彼女を見ている事に気づくと、表情がふと和らぐ。かなり心配をかけたらしい。重い体を起こして周りを見渡すと、病院に運ばれたのだと分かった。

「目が覚めて良かったです。暫くしたら千冬くんの親御さんが迎えに来てくれるみたいなので、それまでゆっくりしていてください」
「ありがとう」

ナマエが問題ないというように首を振った。その表情は不安そうに歪む。

「場地さんとは連絡が取れなくて。何度も電話を掛けたのですが繋がらなかったです。もしかして、場地さんと一緒にいるときに何かあったんですか?もしそうなら場地さんも探さないと」
「場地さんは大丈夫だ。連絡もしなくて良い」
「え、でも、きっと場地さんも心配すると思います」
「大丈夫なんだ、本当に」

俺はそれ以外の言葉が浮かばず、ただ"大丈夫だ"と繰り返した。その言葉に反して俺の頭の中はぐちゃぐちゃになっている。
自分はそれなりに場地さんに信頼されていると思っていた。俺を副隊長として側に置いてくれたし、どこかへ行く時は他の誰でもない俺を呼んでくれた。背中を任せて襷(タスキ)を結ぶ役目だって、何かを分け合う相手だって俺だったはずだ。それなのに、場地さんは俺に何も言わずに一人で行ってしまった。分かっている、あの人は東卍を裏切るつもりなんて無い筈だ。近くで見てきたからこそ、東卍を、仲間を、どれだけ大切に思っているか知っている。場地さんなりの考えがあって芭流覇羅(バルハラ)に乗り込んだに違いない。
ただ一つ悲しいのは、どうして俺にも事情を話してくれなかったのだろうか。どうして俺を連れて行ってくれなかったのか。その事が錘のように俺の頭中に留まって、殴られた痛みなど最早どうでも良かった。

視界が潤む。しかし、女の前で泣くわけには行かない。俺は俯いてベッドのシーツを睨んだ。ナマエは何も言わずに、シーツを握りしめる俺の手を見つめていた。彼女の何も聞かない優しさが痛い程伝わる。俺は唇を噛み締めて気持ちを整理しようと試みた。
どれくらい経っただろうか。気持ちは落ち着いてきたが、顔を上げる気には到底ならない。

「悪いな。近くに住んでる奴で思いついたのがナマエで。巻き込んじまった」
「当然じゃないですか、私は千冬くんの友達なんですよ」

彼女がそんな事を言うのは珍しい。その言葉に顔を上げると、ナマエがふわりと笑った。

「何か飲み物買ってきましょうか?」

そう言われて初めて自分の喉が乾いていることに気づいた。あれからどれくらい経ったのだろうか。空は夕闇に覆われて日が落ちてきていた。

「適当に買ってきます」
「さんきゅ」

ナマエは椅子から立ち上がると出口へと歩いていく、しかし扉の前に立つと振り返って俺をみた。何か言いたげな表情に俺は黙って彼女の言葉を待った。そりゃあ、ここまで良く彼女は何も聞かなかったと思う。俺たちの問題に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちで一杯だ。俺は彼女からの追求の言葉を待った。
たっぷりと沈黙を置いたあと、ナマエは意を決したように口を開く。

「場地さんは、きっと千冬くんの事ずっと考えていますよ」

ナマエの声は真っ直ぐに俺の耳に届いた。その言葉は何の迷いもなく紡がれて、俺の心に重くのしかかっていた錘を幾分か軽くした。

それだけ言うとナマエは部屋を出て行った。俺は彼女が遠ざかる足音を確認すると、我慢していた涙腺が緩んで情けなく泣いた。

迷いは既に無くなっていた。俺は場地さんを信じるだけ。

Almost all of our sorrows spring out of our relations with other people.
(悲しみのほぼすべては他人との関係から生まれる。)


20210619
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