「おっナマエ。丁度いいところに」

バイト先の帰り道、聞き覚えのある声に引き止められる。振り返ると千冬くんが明るく手を振っていた。初めて会った時に比べると、随分と懐かれたものだなと私はぼんやりと思った。

「勉強教えてくれよ」
「え、またですか?」
「何だよ。そんな嫌そうな顔すんなよ。友達になってからお前は遠慮がなくなったな」
「だって、以前は千冬くんが怖い人だと思っていたので」

私がそういうと千冬くんはぽかんと口を開けた後、一拍をおいて笑った。どういう感情なのだろうか。

「夏休みの課題の数学終わんねーんだよ。答えついてないから写せないし」
「え?課題の答え写したら意味ないじゃないですか」
「はー、本当にガリ勉なんだなナマエって」
「千冬くんには、もう一生勉強教えません」
「冗談だよ。ナマエの解説分かりやすいし教えてくれよ」

千冬くんは悪戯っぽく笑いながら言う。私は場地さんが彼を可愛がる理由が何となく分かった。甘え方と言うか人との付き合い方が非常に上手いと思う。

「ただとは言わねえよ。ハートバックスでフラペチーノ奢るし」
「は、ハートバックス?」

私は聞いたことがある店名に興味を示した。チェーン店だがお洒落な店内で飲み物もかっこいいカフェなのだ。

「キッシュつけてもいいぞ」
「わあ、私、ハートバックス行ってみたかったんです」
「は?行ったことないの?」
「一回一人で入ろうとしたんですけど、ベンティーとかグランデとかエクストラホイップクリームマシマシとか難しい単語が沢山出てきて怖くなって買えなかったです」
「普通JKって言ったらカフェで恋バナとかするもんなんじゃねぇの?」
「一緒に行ける友達いませんもん」
「うわ、かわいそ。なんか聞いてゴメンな」
「あれ、また馬鹿にされてる……?」
「じゃあドリンク奢るし一緒に行くから勉強教えてよ」
「クッ ハートバックスカフェ行ってみたい」
「決まりだな」
「完全に負けた気分ですね」

でも背に腹はかえられ無いから行くんですけどね。
千冬くんは電話をかけ始めた。相手は聞かなくても何となく予想がついた。彼は呼んでもこなさそうだけど。

「あ、場地さん。これからナマエとハートバックス行くんですけど、一緒に行きませんか?場地さんも数学の課題終わんねぇって言ってたの思い出して。え?今ですか。二人でいます。はい、分かりました。はい、じゃあ」

千冬くんは携帯を切ると私の方を見て言った。

「場地さんもくるって」

何ですと。



私達は合流すると、場地さんが先に席を取るべく店内の奥へ進んでいった。私と千冬くんはカウンターの列に並びながらメニューと睨めっこをする。

「千冬くん、どれが美味しいんですか?」
「うーん、定番はこの辺かな。コーヒー好きならこの辺が良いと思うけど、先ずはフラペチーノから飲んだほうが感動するんじゃね?」
「なるほど」
「サイズがショートとトールとグランデ、ベンティーがあって。ショートから順にでかくなるんだ。とりあえずサイズはトールでいいと思うぞ」
「わかりました」

私は何度も頭の中でイメージトレーニングしながら並んだ。抹茶フラペチーノ、エクストラホイップクリームマシマシ、チョコチップ追加、トールサイズ…

「お次でお待ちのお客様」
「俺はバニラアイスフラペチーノにチョコチップとチョコソース追加で。サイズはトール。ナマエは?」
「……お、同じのください!」

隣から千冬くんの吹き出す声が聞こえる。私が恨めしそうに彼を見た。

「あんなに悩んでたのに結局俺と同じでいいのかよ」
「頭真っ白になったので、とりあえず千冬くんと一緒にしとけばハズレはないかなと」
「まあ、それは違いないけど。あ、あとこのキッシュとスコーンひとつずつ。それからアイスのキャラメルマキアートにショット追加で。サイズはトール。」

千冬くんは大分手慣れた様子で注文を済ませていく。すごい、大人だ。会計までスムーズに済ませると私達は場地さんの取ってくれたスペースまで向かう。ソファーに座る場地さんは今日も仏頂面だ。

「お、美味しい。これ」

私は腰を下ろすと当初の目的も忘れてフラペチーノのを啜った。あまりの美味しさに感動して千冬くんを尊敬の眼差しで見た。その反応に千冬くんも満足そうだ。

「色々カスタムしてたどり着いたんだ。場地さんの方も俺が考えたんですよね。ね、場地さん!」
「え、いいですね」
「……んな物欲しそうな目で見てんじゃねえぞ!やらねーからな」
「そ、そんな目してないですよ。食いしん坊キャラじゃありませんから!」

その後、千冬くんと場地さんは一通り世間話をすると課題を広げて解き始めた。私は学校の課題は終わっているので、化学の参考書を広げる。そして、たまにどちらかのペンが止まっていると教材を覗き込んで解説をした。
暫く勉強をしたところで、千冬くんがお手洗いに席をたった。そのタイミングでふとキャラメルマキアートに目がとまって、カップにクマのイラストが描いてある事に気づいた。へえ、こんな風に絵を描いてくれる事もあるんだ。興味深くて観察してしまう。そのまま、勉強に戻ろうと視線を上げると場地さんの鋭い眼光と視線がぶつかった。

「やっぱり欲しいんじゃねーか」
「ちっ違いますよ。カップにあるイラスト見てただけですから」
「うっせぇ、意地張ってねぇでさっさと飲めや」

場地さんはため息をつくと私に飲み物を押し付けてきた。これ以上断ると殴りかかってきそうな雰囲気だったので大人しく受け取って一口いただく。キャラメルとコーヒーの組み合わせが絶妙で美味しい。こんな美味しい組み合わせを千冬くんが考えてくれるなんて場地さんは幸せ者だな。いつもペヤングとか半分こにしてるみたいだけど、飲み物も半分こしたりするのかな。
……というか、よくよく考えれば私間接キスしてしまったのでは?気づかなければ良かったものの、余計な事を考えてしまったせいで顔が熱くなった。場地さんに慌てて飲み物を返す。

「何で赤くなってんだよ。変態かよ、お前」
「変態?やめてください!」

そう言う場地さんの顔も明らかに赤くなっている。彼の場合は眉毛も目の角度も釣り上がっているので怒りの所為だろうが。

「どうしたんですか、二人とも」

トイレに立っていた千冬くんが不思議そうに私達を見る。

「何でもねーよ」

場地さんがキレながら答える。千冬くんは戸惑いながらも深入りしない方が良いと察したのか勉強に戻った。本当に世渡りが上手い子だ。私はフラペチーノの啜って頭を冷やした。

「お、ナマエじゃん」

不意にかけられた声とともに、肩にずっしりと何か重いものが覆い被さってきた。もはや、振り返らなくても聞き慣れた声で誰か分かる。

「マイキー、来たのか」
「ぷぷ、本当に場地がノートとペン持ってる」
「うるせーよ、だから言ったろ勉強してるって」
「ふぅん」

マイキーさんは気の抜けた相槌を打つと、狭いのにわざわざ私の隣へ腰を下ろした。興味なさそうに科学の教材をペラペラとめくっている。

「マイキーさんは何でここに?たまたまですか?」

千冬くんが課題から顔を上げて言った。

「いや場地から勉強するって聞いて応援に来た」
「応援ってよりは冷やかしにだろ」
「ははは、バレてる」

マイキーさんが楽しそうに笑った。それを場地さんは呆れたように見ている。
初めて二人が一緒にいる場面に遭遇した時は、不穏な空気が漂っていたので仲が悪いと思っていた。しかし、そう言う訳でもないらしい。むしろ場地さんはマイキーさんの扱いに慣れているようにさえ思う。

「お二人って仲良いんですね」
「あん?別に普通だろ」
「まあ、幼馴染では有るから付き合いは長いかな」
「ええ!幼馴染だったんですか」

類は友を呼ぶって本当だったんだなぁ。しみじみと2人を見比べて思う。

「それよりさ、ナマエはこんなに一生懸命勉強してなりたいものでもあるの?」
「ええと、まあ、一応」

マイキーさんが科学の教材をめくりながら質問をしてきた。3人の注目が集まっている気がして私は口籠った。

「あ、お嫁さん?それなら俺が今すぐにでも叶えてやるよ?」
「あはは、惜しいですね。医者になりたいんです」

私はマイキーさんからの圧から逃げるように将来なりたいものの話をした。マイキーさんが不服そうに頬を膨らましてる。こう言う時は彼の方を見ない事。それが重要である。あくまで気づかないふりをするのだ。

「医者か、すげーな」
「まだ慣れるか分かりませんけどね」

私は苦笑して答えた。そんな話をしていると隣から何かを啜る音が聞こえる。
ん、啜る?横を向くとマイキーさんが私のフラペチーノを全部飲み干してた。

「あぁ!私のフラペチーノ!」
「あ、ごめん。全部飲んじゃった」
「酷いです」

私がショックを受けた顔で見てると、マイキーさんが「しまった」という顔をして謝った。どうやら無意識のうちに飲んでいたらしい。いや、どんだけ私の将来に興味ないんだよ。自分で振ったんじゃん。

「うぅ、まだ全然飲んでなかったのに」
「ごめんって」
「初めてのハートバックスだったのに」
「だから、ごめんって謝ってんじゃん」

もはやマイキーさんの逆ギレである。私は名残惜しくも大人しく引き下がることにした。
場地さんと千冬くんは気の毒そうな顔をしながらも私達のやり取りを見て笑っている。食の恨みはなんとやらだ。私はいつかリベンジをすることを心にそっと誓った。

If you are lonely when you’re alone, you are in bad company.
(一人でいるときに孤独を感じるのなら、あなたは悪い仲間と付き合っているということだ。)


20210616
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