ある晴れた昼下がり。夏休み真っ只中。
携帯からはベートーベンの運命が流れる。この着信音は……ディスプレイを覗くとドラケンさんの表示がチカチカと光っていた。

あの事件から数字。何かと急に呼び出しを食らっては、マイキーさんへあーんを強要される日々。ドラケンさんは笑って止めてくれないし、他の人も呆れた顔はするものの見てるだけだし、マイキーさんはお子様ランチのオムライスに旗がないと駄々を捏ね始めるし。大変なんてものじゃなかった。

あれからマイキーさんの包帯は取れたはずだ。何の呼び出しなんだろう。
携帯の電源を切りたいところだが、私は恐る恐る電話に出た。

「ナマエちゃん、明日鵜美駅の近くの海集合な」
「え?いや、明日は用事があったかなーなんて」
「時間は11時だから、気をつけて来いよ」
「あの、話聞いてま……切れた」

私の話は最後まで聞かれる事なく電話を切られた。
海……ついに明日海にぶち沈められるってことかもしれない。私は不安と緊張で眠れない夜を過ごした。

「はあ、水着を持ってきてない?何で。てか目の下の隈凄くね?」
「え?だって私遂に東京湾に沈められ」
「てか、ジーパンにTシャツって色気ねぇな」
「い、イロケ!?」
「ナマエちゃんが水着着て来ないからマイキーもいじけてんじゃん」

私にはいじけているというよりは、一切の興味がなさそうにどら焼き食べてるように見える。

「ちょっと言ってる意味が理解できないのですが」
「しゃあねえ。おいエマー、その辺でこのオネーサンの買い物に付き合ってやって」

私の都合は聞かず、ドラケンさんが誰かの名前を呼んだ。
そんな都合良く水着なんて売ってないでしょって思ったのに、見事に近くの店に水着屋がありました。私はギャルに連れられてお店に来ています。

「ねー!お姉さんってば聞いてる?この色とこの色どっちが好き?」
「ヒィッ」

目の前に急にギャルの顔が現れた。まつ毛バサバサだし、鼻高いにし、目が大きいし、お肌つやつやだし戦闘能力高そう。

「顔が綺麗すぎて直視できない」
「え、私の事言ってる!?やだーお姉さん!」

ギャルがテンション高めに私の肩をバンバン叩く。すごい痛い。私、サンドバックと勘違いされてる?

「仕方ないから私が気合い入れてお姉さんを綺麗にするね!」
「え、それは謹んでお断りをさせていただ…アッー!」



「おー!サマになったな」

ギャルもといエマちゃんに引っ張られて、みんなの前に連れ出される。

「どう!私のお手柄でしょ!」
「やるじゃねーかエマ。あんな芋くさいのが。マイキーもとうもろこし食ってねぇでこっちこいって。」

ドラケンさん、さらっと酷いこと言ってませんか。今にも逃げようとしている私の首根っこをドラケンさんに掴まれる。子猫かよ。黒猫ヤ◯トの宅急便かよ。

マイキーさんは私の正面に立つと、私の姿を上から下までじっと見る。怖い。身綺麗にされて売られる。

エマさんに整えてもらった格好は夏っぽくポニーテールに一括りにまとめてもらった。服は白のパーカーを水着が隠れるように着ている。水着はパーカーで隠れているが、エマさんチョイスで黒のクロスデザインの水着を買わされた。胸の前で水着の布がクロスされているからクロスデザインと言うらしい。エマちゃんはファッションに詳しいようだ。
危うく最初は布地の少ない三角ビキニを着させられそうだったが、全力で拒否を示した。

「似合ってるけど何でパーカー着てるの?」

マイキーさんが了承もなくパーカーの前を開けた。デリカシーのかけらも無いよ、この人。

「おぉ、変わるもんだな」
「デケェ…」

上からドラケンさんと怖い不良さんAが反応する。余計な反応しないでくれ。私の顔は羞恥心で熱くなる。
パーカーを下げた張本人は無表情で水着を見てる。
だから怖いんですけど!?

マイキーさんは無言でパーカーのジップを上まで上げると不良さんAを飛び蹴りし始めた。
一体なんなんだ。

その後、エマちゃんと新たに紹介されたヒナちゃんと3人でかき氷を食べながらおしゃべりした。2人とも美人だしとても良い子だ。うっかり思った事を口に出したら、エマちゃんにまた背中をバシバシと叩かれた。すごい痛い。私、ゲーセンのパンチングマシーンと勘違いされてるんじゃないかな?
それから女子会みたいになって恋の話になった。どうやらエマちゃんはドラケンさんに片想いをしていて、ヒナちゃんは不良さんAと付き合っているらしい。ヒナちゃんはこんなに美人なのに不良さんAと付き合っているなんて意外だ。

「あの、私飲み物買ってくるね。エマちゃんとヒナちゃん何がいい?」
「えー、いーよいーよ!」
「でもエマちゃんには良くしてもらったし、ヒナちゃんもとても優しくて何かお返しがしたくて」

そういうと二人が急に頭を撫でてきた。え?何?なんかお地蔵になった気分。

「じゃあ私はコーラで!」
「私もコーラいただきます!」
「うん、買ってくるね」

屋台で飲み物を買う為に並んでいると、遠くからチャラそうなお兄さん二人が近づいてきた。
目を合わせないように下を向いていたが肩を掴まれた。またトラブルに巻き込まれてしまったらしい。

「お姉さんかわいいね、ひとり?」
「あの、離してください」
「パーカーの下どんな水着きてるの?見せてよ」
「いやです!や、やめてください」

私の手を掴んでない方のチャラお兄さんがパーカーのチャックを下ろしてくる。マイキーさんにされた時は恥ずかしさしかなかったのに、今は不快感がどっと溢れた。恐怖に視界が滲む。

「いけてんじゃんー」
「いい体してるね、お姉さん」

チャラ男AとBが楽しそうに話す。逃げなきゃと腕を振り払おうとするも力強く掴まれてて動けない。

「やめてください、東京湾に沈めないでください!!」

私は出来る限り大きな声で叫んだ。

「は!?何言ってんの、このお姉さん」
「それとも人身売買ですか!!この人でなし!!」
「おい、変なこと大声で叫ぶなって!注目受けんだろ」
「この女の口塞ごうぜ!」

汗臭い男の手が近づいてきた時、鈍い音がして狭かった視界が開けた。目の前には無表情なマイキーさんがいた。で、デジャヴ。

「ま、マイキーさん、待ってください」
「俺の連れに何やってんの?」

マイキーさんがチャラ男に跨って容赦なく殴り始める。周りの人たちは驚いて人だかりを作り始めた。私は慌ててマイキーさんに飛びついた。

「マイキーさん、あっちにいきましょう!かき氷!売ってるから!」
「あ?」
「ブルーハワイ味、半分ずつ食べましょ!」
「半分ずつ?」
「お、お望みならいくつでも!」
「いいよ。半分こね。」

マイキーさんがにこっと笑って私の手を掴んだ。その手はチャラ男をボコボコにしたとは思えないくらい優しい力だった。
ここ数日でマイキーさんの扱い方を心得てきたが、味方にいる分はとても頼りに人だし基本は優しい。

人垣を抜けて私たちは人が少ない海岸の方へ歩いた。暫くはあっちに戻らない方が良さそうだ。

「マイキーさん、ありがとうございました。」
「ん?いいよ、別に。それよりももっと早く助けられなくてごめんな」

マイキーさんの手にグッと力がこもる。そういえば手を離すタイミング忘れてた。

「とんでもないです。私、昔から良くトラブルを引き込むタチで……なのでマイキーさんに助けられました」
「そっか、よかった」

マイキーさんが立ち止まって私の方を向く。その表情は先程のチャラ男を殴っていた時のような無感情な表情はみえなくてホッとした。

「でも、その格好は何かムカつくな」
「…!?」

マイキーさんは私の着ていたパーカーを剥ぎ取ると自分の着ていた黒いパーカーを羽織らせた。特注なのか胸元には東京卍會と刺繍がほってある。それを見て心臓がヒュッとした。これ、私勘違いされるのでは……。

「よし、これで絡まれることはないだろ」

「え、いいですよ。マイキーさんのパーカー奪っちゃ悪いですし(これ着てたら一般人に勘違いされそうだし)」

「あ?」

私が脱ごうとすると、いつもの笑顔だけど凄みのある表情を近づけてきた。脅しだ。こうなったらもう抵抗しても無駄だ。

「あ、有り難く羽織らせていただきます!」
「うん。いいよ。」

マイキーさんは何が楽しいのかにこにこと笑ってる。

「あ、カキ氷売ってる。あそこの食べよ。」
「はい」

カキ氷を半分こしながらマイキーさんと浜辺で海を眺める。何か食べてる間は大人しくなるようだ。

「不良って怖い?」
「え?」

マイキーさんが読めない表情で聞いてくる。

「いいよ。正直に言って。俺らも世間からよく思われてないっていうのは分かってるから」

マイキーさんがたまにする笑ってるけど寂しそうな笑顔をした。この表情のマイキーさんを見ると「ああ、この人も人間っぽいところがあるんだな」って思うのと同時に親近感がわく。……やっぱり怖いけど。
何故だろう、今だけは、嘘をついちゃダメな気がした。

「私の父と兄、小学5年生の時に亡くなってるんです。交通事故で。相手は暴走族でした。」

マイキーさんが何も言わずに私の方を見つめる。私は彼の方を見ずに海を見ながら話を進めた。

「交差点で青信号だったのに、相手は警察から逃げるために時速180キロでぶつかってきたんです。その事故が原因で父と兄は亡くなりました。なのに、相手は生きてたんです。重症だったけど生きてた。ルールを守ってたのは父と兄なのにやるせなくて。それから暴走族とか怖い人達は大嫌いで憎んでました。初めはマイキーさんの事も逆恨みしていたかもしれません。

でも、マイキーさん達と関わるようになってから、不良や暴走族を悪い人って括るのは間違ってるのかもしれないって思うようにもなったんです。困った時にいつも助けてもらいましたし。何より、一生懸命に自分なりに真っ直ぐに生きようとしてる人を、そんな人を憎いって言葉では突き放せなくなっちゃったんです。

だけど、やっぱり、好きにはなれません。いや、なっちゃいけないんです。私は……私は父と兄が亡くなった日、熱を出していたんです。本当は、薬を買うために父と兄はあの日に出かけたんです。もとを辿れば私のせいなんですよ、父と兄が亡くなったのは。だけど、誰かの所為にしてたら自分は楽だから。そうしないと苦しくて辛くて。暴走族を好きになっちゃったら、あの日のことを許したみたいな気持ちになっちゃう気がして許せないんです」

マイキーさんの目は責めるでもなく悲しむでなく、ただ静かな目で私をみていた。

「ごめんなさい、ひどい話ですよね」
「そんなことねぇよ」
「その、マイキーさん達のこと嫌いじゃないんです。みんなのこと知れば知る程、誰かを守ろうとしてる気持ちが伝わってきて凄くかっこいいと思います。尊敬もしてます。だから、いつか私も過去と向き合えるようになれたらなって思ってはいます。それが私の思ってる事ですかね」
「ナマエは強いな」
「私は強くなんかないですよ」
「強いよ、ナマエは。嫌いなもん受け止めようとして、自分なりに真っ直ぐ生きてんだろ。何かさ、ナマエを知ってくうちに、どこか俺に似てる気がしたんだ。でも、違うよ。俺は弱いんだ。ナマエみたいに嫌いなもんを受け止めようとする度量はない」

マイキーさん自身も過去に何かあったのかもしれない。誰かを傷つけられた時のマイキーさんの反応は何かを失う事にとても怒りを感じて、恐れているようだから。

「私は強さに正しさなんて無いと思います。それぞれに正義があるように、みんなそれぞれの強さを心に持ってるんだと思うんです。私はマイキーさんの誰かを守ろうとする想いが、強くてとてもかっこいいと思いますよ」

今日の私は何だかお喋りかもしれない。急に恥ずかしくなって、マイキーさんの表情を伺った。彼は静かに微笑んでいた。その表情から不快に思っていない事は伝わってホッとする。

「ありがとう。俺はきっとナマエのことがずっと好きだと思う。ナマエが好きか嫌いかとか関係ないんだ」

マイキーさんの瞳は真っ直ぐに私を見ていた。あまりにストレートな告白に私は息をするのも忘れてしまう。マイキーさんは私の返答は必要なかったようで海を見て満足そうにしていた。
それから、どちらとも無く私たちは立ち上がって、皆の元へ引き返した。戻ってみると皆は帰り支度を始めているようだった。

「あ、2人とも遅い!って何でマイキーのパーカーをナマエが羽織ってるの?」

エマちゃんが私達に気づいて悪態をつく。

「何となく」

マイキーさんがそう答えると、エマちゃんとドラケンさんがにやにやと笑いはじめた。

「「ふーん」」
「その顔うざいんだけど。」
「あ、二人に飲み物買ってくるの忘れてた!」
「そんなのいーのいーの!二人とも楽しそうな姿みれたし、それで満足」

エマちゃんの意味深な言い方にはスルーを決め込む事にした。買ってきてないこと気にしてないようなので帰り支度をする。

「そういえば帰りはナマエちゃんどうすんの?」
「俺が家まで送ってく」

マイキーさんが間髪入れずに回答する。

「え!!いや、私は電車で帰るので大丈夫です」
「はい、このヘルメットちゃんと被ってね」
「この人たち本当に私の話を全然話聞いてない」

私は絶望しながらヘルメットを受け取る。

着替えを済ませるとマイキーさんが笑顔でスタンバイしていたので泣く泣く後ろに座る。さっきのやり取りを思い出して恥ずかしくなり、手を彷徨わせているとマイキーさんの手が腰まで誘導をしてくれた。私はドギマギして距離を取る。

「毎回言ってるけど、もっとちゃんと掴んで無いと振り落とすよ?」

私は秒でマイキーさんの腰にしがみついた。
マイキーさんが困ったように笑う。

「正直だね。本当に。」

The proper office of a friend is to side with you when you are in the wrong. Nearly anybody will side with you when you are in the right.
(正しい友人というのは貴方が間違っている時にも味方で居てくれる者だ。正しい時は誰だって味方をしてくれるのだから。)


家の前まで着くと辺りは夕暮れ色に染まっていた。家まで送ってもらうのも、何度めだろうか。初めは絶対に家をバレたくないと息を巻いていたのに、慣れとは怖いものだ。

「家まで送っていただいてありがとうございます」

私がお礼の言葉とともに頭をさげると、マイキーさんが私の肩にかかったポニーテールに手櫛を通して見つめていた。

「えっと、どうかしましたか?」

私の問いにマイキーさんが顔を近づけてにっこりと笑った。
急な展開に私は後ずさる。

「今度は俺にだけ水着姿見せてね」

「!?、ちょっとどういう意味か分かりません」

「説明がほしいの?」

悪戯を企むような表情でマイキーさんは私を見ていた。これ以上は深追いしない方が得策だろう。

「お、おやすみなさい」

私は逃げるように家に飛び帰った。

20210606
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