あれから、マイキーさんはコンビニや帰り道に現れては絡んでくるようになった。放っておけばそのうち飽きるかと思いっていたが、出現率が日を追って上がってきている気がする。彼に鉢合わせるたびに私の心臓は止まりそうになるので、精神的に憔悴しながら棚卸しをしていた。あと15分でバイトが終わる。今日はマイキーさん現れないようだ。捕まらないように早足に帰って早く寝よう。

「お疲れ様、ミョウジちゃん。いつも頑張ってくれてるし、今日は早上がりしていいよ」
「えっ良いんですか。店長」
「うん、何か隈が凄すぎて見てると痛々しいし早く帰って寝なよ」
「ありがとうございます」

高校の制服に着替えると裏口から店を出た。
空はどんよりとした雲が一面を覆っていて、いつもより外が暗く感じる。携帯のディスプレイを見ると20:00と表示されていて、あと1時間後にはいつも見ているドラマが放送される。家に帰ったらゆっくりバスタブにつかって、昨日の夕飯でも温めながらテレビを見よう。

バイト先から家までは徒歩20分程かかるが、道のりはそこまでは苦ではなかった。あえて辛いとするなら、帰り道の途中にあるトンネルだけは街灯が心許なく人通りも少ないので嫌いだった。

−−−−−−−−カツンカツン
トンネルに差し掛かった時、後ろから足音が聞こえた。私はどきりとして振り返る。振り返った先には黒いスーツに身を包んだ男の人が立っていた。10メートル程後ろを歩いていていたようだが、私が振り向くと急に動きを止めた。私は背筋がゾクリと寒くなったのを感じる。

たまたまだよね。
頭ではそう思うものの、気味の悪さから気づけば走り出していた。お願い追いかけてこないで。勘違いであって。
後ろからは先程よりも大きくなった足音が近づいてきている。その音から明らかに追いかけてきているのが分かった。
私は驚きの余り足をもつれてさせて倒れ込んだ。目の前に影がさして、後ろに誰かが立っていると分かる。恐怖から震えあがり、振り向くことができない。

次の瞬間、強い力で肩を掴み引っ張られると見覚えのある男の顔が広がった。誰かは思い出せない。服装は高そうなスーツに身を包んでいて、明らかに学校で交わる人のようには見えなかった。

「だ、だれ……です、か」

自分のものじゃ無いみたいに掠れた声が出る。

「酷いなぁ。毎日、新聞を買いに来てるでしょ」

そうだ。見たことがあると思ったけどお店の常連の人だ。感じが良い人だと思っていたけど、後をつけてくるなんて明らかに異常だ。
暗闇の中で何かがキラリと光る。よく見ると男の手元にはナイフが握られていた。まさか、それで、私を。
叫びたいのに、走りたいのに、ますます恐怖に縛られて身体はいうことを聞かなくなってしまった。

「君の髪が好きなんだ。長くてサラサラでいいよね。切り取って飾りたいんだ。許してくれるかい?僕ら付き合っているもんね」

男が矢継ぎ早に訳の分からない事を喋る。私は震える手で尻餅をつきながら後ずさる。

「何で逃げるの?僕にやましいことがあるから?もしかして最近良く連んでる金髪や長髪の彼らと良くない遊びでもしてるの?君にはあんな奴ら似合わないよ」

男が私の髪を掬って口づけをした。気持ち悪さに嗚咽しそうになる。

「君に分からせなきゃ。あの日、目があって君が笑いかけてくれた日から僕らは付き合ってるのに。そうだ、足の腱をきればいいかな?そしたらどこにも行けなくなるよね」
「ぃゃ……ゃ……」

言葉にならない声がでる。頭が混乱して真っ白になって心臓がドクドクと煩くなった。

「何でそんな表情をしてるの?喜んでよ。ああ、でも可愛いね。そうだ!その可愛い顔に傷を付けたら、誰も近づかなくなるかな。それがいい、そうしよう」

男は何が可笑しいのか高笑いを始めた。彼の持つナイフが高く振り上げられる。私は咄嗟に目をつぶって歯を食いしばった。

しかし、痛みはどれだけ待ってもこなくて、その代わりに頬に生暖かい何かが滴り落ちた。不思議に思い目をそっと開けると派手な刺繍をされた特攻服が目に入った。

「何してんの、お前」

マイキーさんの唸るように低い声が私の鼓膜を揺らした。よく見ると彼は男の振り上げたナイフを素手で掴んでいた。手からは血が沢山滴り落ちて、私の頬にぽたぽたと跡をつけていた。私は青ざめて目を見開く。

マイキーさんは痛みに顔を歪める事も無く、目にも止まらぬ速さで男の顔を蹴り飛ばした。男はゴム毬みたいに3メートル程吹っ飛んで動かなくなった。

「コイツに手を出す奴は、殺す」

そう言うとマイキーさんは男に馬乗りになって何度も腕を振り下ろした。男の血か、マイキーさんの血か、どちらとも分からない血飛沫が地面にいくつも飛んだ。

「やめて」

私の声は耳に入らないようで、マイキーさんは機械のように同じ動作を繰り返す。表情は見えないが、今の彼の雰囲気は良くない。止めなきゃ、やばい。男の人がしんじゃう。直感的にそう思った。

「やめて!お願い!」

マイキーさんの背中にしがみつく。彼の身体はピクリと動いてゆっくりと私の方に顔を向いた。だが、瞳孔が開いてて明らかに正気の表情には見えない。

「離せよ、お前コイツに殺されそうになったんだぞ。そんな奴に情けをかけるな。お前がそんなだから俺がコイツをヤるしか無いだろ」

マイキーさんが腕を振り上げる。私は咄嗟に彼の腕に噛みついた。
彼が目を見開いて私を見た。

「私の為に誰かを殺すくらいなら、私を殺してください」
「は?何言ってんだよ」

彼の目はまだ私を捉えてない。
私は彼の頬に両手を添えて見つめた。正気に戻ってと願いを込める。

「私の目を見てください、マイキーさん」
「何がしたいんだよ、お前」

マイキーさんが一瞬だけ悲しそうに瞳を揺らした。

遠くからけたたましいバイク音が近づいてくる。数名特攻服に身を包んだ人がこちらにやってくる。あのタッパに髪型はドラケンさんだ。マイキーさんの後を追ってきたのかもしれない。

「マイキー、ナマエ、大丈夫か」
「私は大丈夫です。それよりも救急車を呼んでください」

ドラケンさんは私たちの状況を見ると、直ぐに察してくれたようで何も言わずに電話をかけ始めた。
マイキーさんは動かなくなって、男へ静かに目を向けている。
私は躊躇しながらも男の横へ腰を下ろして脈を確認した。胸も一定のタイミングで上下しているし、ひどい怪我だが命に別状はなさそうだ。

「ナマエ、そいつに近寄るな」

マイキーさんがイラついたように声を荒げた。
私は男から離れると、今度はマイキーさんの手を掴んで傷口を見る。彼の手はまだ出血が酷い。かなり深くナイフが刺さったようだ。ポケットからハンカチを出すとマイキーさんの手にキツく縛り、止血のために彼の腕を強く握った。

「ごめんなさい。でも、誰かが死ぬのは見たく無いんです」

マイキーさんの表情は、まだ納得してないようだった。それもそうだろう、怪我を顧みず助けてくれた相手が加害者の怪我を気にするなんて。それでも私は自分のせいで、彼の手が罪に染まってしまうことの方が怖かった。

「助けてくださって有難うございます。マイキーさんが来なかったら、私、どうなっていたか……」

男のギラついた目を思い出して背筋が寒くなる。最悪の事態を考えて手が震えた。

「もういいよ、もういいから」

マイキーさんが反対の手で私の乱れた髪を梳いた。
サイレンの音が近づいてくる。私たちは病院へ搬送された。



私は特に怪我も無かったため、軽く診察をして待ち合い室でマイキーさんの治療を待った。その間にも警察からの事情聴取があり。状況を一つ一つ思い出しながら話した。一通り話が終わると両親への連絡先を聞かれたので伝える。警察からは両親が迎えにくるのを待つように言われたが、来れない事を伝えた。警察は困ったような反応をして、とりあえず連絡するから待ってくれと告げられる。

「おい、大丈夫か」

場地さんが私の顔を覗き込みながら腰を下ろした。

「あ、はい」
「……いや、大丈夫な訳ねえよな。ワリィ」

場地さんが気まずそうに視線を落とした。私は言葉が浮かばずに口を紡ぐ。

「お前のせいじゃねえよ」
「え」
「そんな顔してたから」
「……あはは、エスパーですね」
「やめろ」

場地さんが私の頭をクシャクシャと力強く撫でつけてきた。私の頭は自然と俯くかたちになる。

「弱いくせに強がんじゃねぇ」

頭に乗った手の暖かさに、私はぽろぽろと涙が溢れた。水溜りがいくつも床に広がる。私は慌てて服の袖で涙を拭う。
すると、視界に皺の入ったティッシュがうつる。不動産の広告がプリントされている、良く道端で配ってるようなポケットティッシュだ。

「こんなのしかねえけど、無いよりはマシだろうが」

これで涙を拭けということだろう。場地さんの不器用な優しさに自然と胸が熱くなった。
その後、マイキーさんの治療が済み、彼はケロッとした表情で私の隣に腰を下ろした。何事もなかったかのような反応に私は幾分か気持ちが救われる。

「何で場地がいるんだよ。ナマエ大丈夫か?場地にメンチ切られなかったか?」
「んなこと、するわけ無えだろうが」
「前に眠いってだけで誰か殴ってたじゃん」
「そんなことした覚えない」
「はい、うそー」

マイキーさんが揶揄うように場地さんを指さす。場地さんはイラッとしたような顔でマイキーさんを見てる。
いつもならヒヤヒヤして見守るところだが、2人のやりとりを見ていると、いつも通りの日常に戻った気がして安心している自分がいた。

「……マイキーさん、あなたのおかげで私は無事です。本当になんてお礼を言ったらいいか」

マイキーさんは何も言わずに私を見ている。
場地さんは何も言わず席を立った。

「何で分かったんですか?私のこと」
「コンビニ行ったら、あの店の店長がナマエの様子を見て来てくれって言ってたんだ。いつも来る常連の様子が変でナマエの居場所を聞かれたって」
「あ、そういうことだったんですね」
「それに、実はお前が誰かに最近つけられてることは感じてたんだ」
「え、」
「でも確証はなかったから、怖がらせるだけだと思って言わなかった。いつもより一緒にいるタイミング増やせば助けられると思ってたんだけど。結局怖い思いさせちまったな。悪い」

最近良く顔を出すと思っていたけど、それが理由だったんだ。私はてっきり揶揄にきているだけだとばかり思ってた。

「謝るのは私の方です。ごめんなさい」

さっき出し切ったと思ったのに、また涙が頬を伝う。私は自意識過剰で、自分のことしか見えてなかった。毎日のように顔を見せにきてくれたのには私の為だったんだ。

マイキーさんが私の頬に手を触れた。私よりも大きな手が涙を拭う。

「無事で本当に良かった」
「マイキーさん」

綺麗な黒い瞳が私を見ていた。今度はさっきのように怖い目じゃなくて優しい目をしていた。

「謝罪なんて要らないから、俺の願い聞いてくれる?」

マイキーさんが優しい表情で微笑む。

「なんですか?」
「俺と付き合って」
「それは出来ません」

私はノータイムで返答する。

「いや、何でだよ。そこはイエスって言うところだろ」
「それとこれとは別なので……」
「くそっ手が痛むぜ」
「急にあからさまな演技がはじまった……」

私は彼の手を両手で優しく触れた。強い手だけど、私には脆くも感じる。男の人をがむしゃらに殴っていたマイキーさんは壊れてしまいそうだったから。

「マイキーさんの身の回りで困ったことがあれば呼んでください。今度は私がマイキーさんの役に立ちたいんです」

精一杯の想いを込めてマイキーさんを見た。

「は」
「いや、あの、出来る範囲でですけど」
「はは、ありがと」

マイキーさんはくすぐったそうに笑っていた。あの時の虚な瞳はカケラもみえなくて私はほっとした。

「じゃあ先ずはご飯をあーんからしてもらおーっと」
「え、それ必要ですか」
「うん、今はスプーンも持てねぇよ?」

マイキーさんが悪戯っ子みたいに笑って手を振ってみせた。
何だか、暫くはいいように使われる気がする。わがままを言う彼を想像して、苦笑しながら彼の言う事に頷く事にした。

If I know what love is, it is because of you.
(もし僕が愛は何かということを知っているとすれば、それは君のおかげだ。)


20210601
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -