「いいじゃん、付き合っちゃえば」
「千冬くん、私の話聞いてましたか?」

遡る事15分前、バイトの帰り道で千冬くんに絡まれた。彼は暇そうにブランコを漕ぎながらアイスを齧っていた。気付かれないようにそっと通り過ぎれば良かったのだが、彼は目敏く私を見つけると隣のブランコに座るよう促した。
不良の中で彼は比較的人畜無害な常識人なので、私は迷いが生じて足が止まった。用事があるとか何とか言って立ち去れば良かったのに、私はトコトン断れないタチだ。
彼の視線に根負けして隣に腰を下ろす。

「この間マイキーくんと帰ったろ。あれからなんか合ったのか?」
「ああ、えーと、まあ」
「何だよ、煮え切らねえな」
「私も混乱しすぎて何が起こってるのか分からないんですよね」

先日のマイキーさんの読めない言動を思い出して頭を抱える。

「俺に話してみろよ。一緒に考えてやるよ。」
「え、いいですよ。遠慮します。」
「んだよ、友達だろ。」
「え?」
「は?」

私たちの間に微妙な間が生まれる。
え、何、友達と書いて下僕って読むって事かな。
いや、目の前の彼のショックそうな表情は本当に友達だと思ってくれていたみたいだ。悪いことしてないのに胸が痛む。

「俺ら友達じゃねえのか。一方的にそう思ってただけか。」
「いやいやいや、あの、何というか私なんかが友達なんて畏れ多く思ってたっていうか。だから友達って言われてとても嬉しかったですよ。えーと、あの、私も友達って思っていいんでしょうか?」
「あ、そう言う事か。別にいいけど。」

千冬くんが照れたように顎をかいて下を向く。その場凌ぎでいった言葉だから、良心が余計に痛むわ。

「これ、やるよ。」

千冬くんがコンビニ袋からノシイカを差し出した。これは……!君の好物ではないか。本当にこの子良い子だわ。私の下衆な心が余計に痛むわ。涙出そう。

「あ、ありがとうございます。」
「それで?何が合ったんだよ。」

千冬くんが私の方を覗き込む。

「あー、実は真意は良く分からないんですけど、マイキーさんに好きだと言われまして。お付き合いを申し込んでいただいたのですが、付き合うとかそんな関係じゃ無い気がしてお断りしたんです。」
「え!」

千冬くんは顔を赤くして驚いたように手を口元に当てる。乙女か。
そして彼の返答は冒頭のセリフに戻る。


「逆に何がダメなんだよ。強くてカッコいいじゃん。カリスマ性もあるし。」
「日常でカリスマ性も強さもいらなく無いですか。」
「まあ、それもそうか。俺からみたらカッコイイ人だけどな。」
「恐れながら断らせていただいたんですけど、どうやら諦めては無いようで、私どうやって断ったらいいんでしょう。」
「うーん、あの人は一度決めたら曲げないからな。断ることを諦めるしかないんじゃねえかな。」
「そこを何とか!友達じゃないですか。」

私は前のめりになって千冬くんに訴える。私よりもマイキーさんと一緒にいる時間が長い人物だし、何かヒントが掴めるかもしれない。

「何だよ急に、さっきまでそう思ってなかったくせに。」

千冬さんが呆れた目でこちらを見る。私は気まずくなって視線を逸らした。

「まー、好きの逆をいって嫌われるように努力するしか無いんじゃないか。」

呆れられたと思ったが、どうやら一緒に考えてくれるらしい。優しい。

「難しいですね。何で好かれたかも分からないのに。」
「思い当たりがないって事は一目惚れとかじゃねえの。そもそもどうやってマイキーくんと繋がったんだよ。」
「寝坊して慌てて家を出たら、街角でアイスを食べてたマイキーさんにぶつかって、アイスをマイキーさんの服にぶちまけました。」
「は?それで誰が惚れるんだよ。むしろイラつくだろ。他に何かヒントはないのか。その日は綺麗にめかし込んでいたとか。」
「むしろ、あの日は寝坊したんで寝癖頭にスウェットとジーンズでした。顔も洗う暇がないくらい慌てていたからスッピンだったし。」
「うわ、それは引くわ」
「ひど……」
「考えれば考えるほど分かんねえな」
「相談して見えてくるどころか、心の傷を負っただけな気がするんですが」

もう根本的に私のどこを好きになったとか考えても無駄な気がしてきた。そんなこと考えてもマイキーさんの思考回路が全然分かんないし。それよりも男性目線でどういう女の人が好まれるかを調べて逆の事をした方がいい気がする。

「千冬くんはどんな子が好きなんですか?」
「は!?何だよ急に」

また千冬くんが顔を赤らめて慌てている。反応が私よりも乙女すぎる。

「いや、一般的な理想女性の反対をいけばいいと思って」
「あー、そういうことか。先に言えよ」
「す、すみません」
「俺は可愛いくてセクシーで笑顔が素敵で色白で一緒にいて楽しいやつがいいな。あとベタだけど黒髪のストレートとか惹かれるよな」
「欲望に忠実かよ」
「あ?」

やば、口に出てた。

「ゴホン、なるほど。確かに良くモテる人ってそんな人かもしれませんね」
「まあ大体の男はそんな奴が好きなんじゃね」
「うーむ、可愛くてセクシーって所は良く分かんないけど、笑顔と色白とか黒髪のストレートは何とか反対の事を目指せるかも」
「可愛いとセクシーは、まあ、大丈夫じゃね?」
「さっきから故意に虐めてませんか?」
「ははっ冗談だよ」

私と千冬くんが話し合っていると、場地さんが公園に入ってきた。千冬くんもだが今日は制服だ。

「あ、場地さん。補習終わったんですね」

どうやら、千冬くんが公園に居たのは場地さんを待っていたかららしい。忠犬みたいだな。

「おう。何でコイツも居んだよ」

場地さんが怪訝な顔で私をみる。

「ナマエが悩んでるらしいんで、話を聞いてました」
「あっそ」

分かってたけど、場地さんは全然興味なさそうだ。

「そうだ。場地さんの理想な女の人ってどんなのですか?」

千冬くんがキラキラした目で聞く。最早、君が知りたいのでは?と喉まで出かけたが、そっとしておいた。

「何でそんな事を答えなきゃいけねぇんだよ」
「ナマエがアタックされてる男から嫌われるために、理想の女を研究して嫌われる方法を探ってるんです」
「はあ?意味わかんねぇな」
「すみません……」

余りに場地さんが呆れた顔をして私達を見るので、耐えきれずに私が謝った。

「それで場地さんはどうですか?」

めげずに千冬くんが口を開く。いや、どんだけ知りたいんだよ。私は心の中でそっと突っ込む。

「興味ねぇよ、んなもん」

ため息をつきながら場地さんが答える。千冬くんは「場地さん、かっけー」と呟いていた。
君は理想いっぱいだったもんね。

「それよりも今日はあの漫画の新刊読むって言ってだろうが」
「あ!そうでしたね。ペヤングも買ってきたんで俺の家で読みますか?」
「おう」
「ナマエもくるか?」

千冬くんが人懐っこい笑顔で私を誘ってくれる。

「あ?何でナマエを誘うんだよ」

場地さんが千冬くんに凄む。千冬くんは驚嘆した表情で場地さんを見つめていた。
険悪な雰囲気を察して、私は2人のやり取りを遮るように千冬くんの制服を引っ張った。

「わ、私も用事があるから。誘ってくれてありがとうね。」
「あ、うん。また今度な」

千冬くんが困惑しつつも頷いた。場地さんは私達のやり取りを聞かずにさっさと背を向けている。
場地さん、何かあって不機嫌なのかな。いつもよりも口数が少ない気がしたし。
私はぼんやりと2人の後ろ姿を見つめた。

そんな事を考えていると、不意に場地さんが振り返る。

「よく分かんねえけど、ソイツに嫌なことされたら言え」
「え」
「じゃあな」

やっぱり表情は不機嫌そうだ。吐き捨てるように言うと千冬くんを連れて去って行った。



「なあ、何がしてぇんだ?」

マイキーさんが無表情で私に聞いた。その後ろでドラケンさんは不快そうな顔で此方を見ている。
それもその筈、私はボサボサの金髪のカツラをかぶって、ガングロメイクに無表情な顔で突っ立っている。マイキーさんたちがくる間に子供達に後ろ指をさされてとても辛かった。

「聞いてください。一発ギャグ、風呂付きの街はニューヨーク!」

私の叫び声にドラケンさんは肩を揺らして後ずさった。不良の長の右腕をドン引かせるなんて、ある意味凄いんじゃないかな。
ただ、大本命のマイキーさんは無表情で私を見ている。もう一声だ!私はマイキーさんのシャツを掴んだ。

「素敵なワイシャツですね。わーい!シャツ!」

ドラケンさんが後ろで頭を抱えている。抱えたいのは私の方だ。

すると、効果があったのかマイキーさんは俯いて肩を揺らし始めた。私の意味不明な行動に、ついに怒りに震えたかな。というか、この後をどうするか考えてなかった。シメられたらどうしよう。
私がマイキーさんのシャツから手を離して距離をとると、今度はマイキーさんが私の腕を掴んで引き寄せた。警戒していたとはいえ、咄嗟の事に身体が自然と前のめりになる。マイキーさんのシャツに鼻からぶつかった。石鹸の香りがする。

「そんなに俺に構ってほしいの?」

低い声が耳元で囁かれる。ゾワゾワと鳥肌がたった。私は慌ててマイキーさんから離れた。

マイキーさんは楽しそうにニコニコと笑っていた。無効じゃないですか。何なら、むしろ喜んでいるようにもみえる。
それに比例して、私の顔は羞恥でどんどん熱くなった。

「大変失礼致しました」

私は90度以上腰を曲げて謝ると脇目も振らずに駆け出した。

千冬くん、全然効果ないよ。君のアドバイスは2度と聞かないから。
つい昨日できた友人を人知れず心の奥で恨んだ。

When one is in love, one always begins by deceiving one’s self, and one always ends by deceiving others. That is what the world calls a romance.
(人が恋をする時、それはまず、自身を欺くことによって始まり、また、他人を欺くことによって終わる。)


20210531
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -