日が暮れて、赤い夕日が一面に広がる。周りの団地も木も遠くで遊んでいる子供たちも、皆んな茜色に染まっていた。この時間は何故だか妙に寂しい気持ちになる。夕暮れが友達との別れの合図だったからだろうか。

「そろそろナマエを家に返して集会向かうか」

場地さんが机の物を片付け始める。

「集会ってなんですか?」

私が知ってる集会は近所のおばさま達が集まって世間話に花を咲かせるものだけど、場地さんが参加するのは違うものの気がする。そうだったら逆に面白いけど。

「オメーは別に知らなくて良いもんだよ。さっさと涎(よだれ)の跡ふけや」
「わ、私は涎なんか垂らしませんから!!」
「いや、涎もいびきも垂れ流しだったけど」

千冬くんが鋭くツッコミを入れてくる。2対1なんてズリィや……!

新たな攻撃を受けない為に、さっさと準備をして下で待っていると2人がイカつい特攻服に身を包んででてきた。しかもバイクに跨っている。あれ、この人たち中学生じゃなかったっけ。私は痛くなる頭を手で抑えた。この人たちと一緒に歩いたら、モーセみたいに人混みの中に道を作ることが出来るんだろうな。わー、絶対一緒にいたくないや。

そんな事をぼんやりと考えていると、場地さんが特攻服の上着を私の顔面に投げつけてきた。え、新しい嫌がらせ?服かけるフックと間違えられたかな?

「これ腰に巻いて後ろ乗れよ」
「え!乗りませんけど」
「うっせー、お前が涎垂らして寝てるから時間無くなったんだろうが。家まで連れてくから、さっさと乗れ」
「激しく遠慮します!」
「なんだ?チェーンに繋げて引きずられてえのか」
「え?冗談ですよね?でも、場地さんならやりかねない」
「相当引きずられてーみてえだな」

場地さんのこめかみに青筋がみえた気がした。私は慌ててバイクにまたがる。確か、バイクの乗り方は腰にしがみつけばいいんだっけ。目の前の私より一回り大きな腰に腕を回した。

「お前!あんまり胸押し付けてくんじゃねえよ!」

また場地さんが怒り出す。今度は顔を真っ赤にして怒っている。今にも頭から湯気を出して、口から火を吹きそうだ。
そんなに嫌だったの!?じゃあ、最初から乗せなきゃいいのに。

「こうやって乗るんじゃないんですか?」
「腰掴めばいんだよ、腰」
「え?ここですか?」
「馬鹿!変なとこ掴むんじゃねえ」

場地さんにヤイヤイ言われていると、遠くからバイクの音が近づいてくるのが聞こえた。何だ何かいい予感はしない。そして、そう言う嫌な予感ってのは大体当たるものだ。

予感は見事に的中して、マイキーさんとドラケンさんが現れた。2人とも場地さんと千冬さんのようにおっかない特攻服を着て厳ついバイクに乗っている。特攻服の模様を見る限り、同じ模様が刺繍してあるので、場地さんと千冬くんと同じグループなのかも知れない。余計に肩身が狭くなった。

「場地、なんでナマエつれてんの?」

マイキーさんが淡々とした口調で場地さんに聞く。私は借りてきた猫のように場地さんの背中で縮こまった。

「あ?拾ったんだよ。元いた場所に戻すとこだ」

私は猫かよ。
心の中で突っ込んだ。

「俺が連れてくよ」
「は?何でだよ。コイツのこと知ってんのか」
「うん、だから良いよな?」

マイキーさんがにこっと笑った。それは相手に好意を見せる笑顔というよりは、威圧を含んだ笑顔にみえた。何故だか背筋が冷える。

「はい、これ使って」

マイキーさんは有無を言わせず、自身の特攻服を私に差し出してきた。場地さんの方を見ると戸惑いが少し見えたが、私に渡していた特攻服を受け取ると、マイキーさんの方に乗るように促した。

「ケンチン、ナマエ送るから場地たちと先に行ってて」
「おう」

断れない雰囲気に私は控えめにマイキーさんの腰に手を当てた。すると、彼の手が私の腕を腰に回す位置まで誘導した。驚いて顔を上げると、暗黒微笑が此方を見下ろしていた。

怖。その一言に尽きる。

その後、私達は一言も交わさず街並みを駆け抜けた。どう見ても、先程の笑顔は不機嫌に違いない。だから、何か言われるのか、何かされるのかと思っていた。しかしマイキーさんは無言のまま自宅付近に私を降ろした。その日は彼が何を考えてるのか、よく分からなかった。

***

集会所に集まって暫くすると、マイキーから話があると呼び出された。先程、わざわざ家にまで来てたあたり、今後のことで何か話があるのだろう。

「マイキー、話って何だよ」

マイキーのもとに向かうと、何を考えているのか分からない無表情で空虚を見つめていた。
俺はマイキーの隣の石段へ腰を下ろす。

「悪いな、さっきは」

マイキーが口を開く。
さっきとは恐らく家の前の一件を指しているのだろう。様子を見る限り、何か引っ掛かりを感じていたようだ。

「あ?別に気にしてねえよ」
「そっか」

マイキーは下手くそな笑顔を浮かべた。
それだけで俺は何となく、自身の幼馴染があの女の事をどう考えているのか察してしまった。

「場地はさ、ナマエのこと好きなのか?」
「はぁ?んな訳ねえだろ。腐れ縁で繋がっただけだ。ただコンビニの店員と客だよ」
「そっか、なら良かった」

どうやら、マイキーは自分の気持ちを隠す気は無いらしい。むしろ俺が察せるようにしていたのかもしれない。子供みたいな性格をしているが、馬鹿なやつではないのだ。

「下手な演技はいらねえよ。そんなに気に入ってんのか」

俺の問いにマイキーも意図を汲み取ったらしい。

「アイツはダメなんだ。悪いけど場地にも譲れない」

いつもの俺であれば、アイツと何があったのかと尋ねたのかもしれない。ただ、なんとなく今日は深く踏み込む気にはなれなかった。

「話はそれだけか?」
「ああ、悪い。本題で話そうと思ってたことなんだが……」

マイキーは話を変えて、この辺で幅利かせ始めた組織について話した。当初の本題はそっちだったのだろう。俺も思考を本題へとシフトをさせた。いつものように気に入らねえやつを殴ってやる。ただそれだけだ。

他のことには興味がない。
マイキーの独占欲も、感情も。
そのどれもが俺には全く関係のない事だからだ。

Absence sharpens love, presence strengthens it.
(あなたがいない時に愛が研ぎ澄まされ、あなたといる時に愛は強くなる。)


いつもの帰り道を歩いていると、最近よく見る顔があった。流石に無反応で横を通り過ぎるのは気まずいので、挨拶をして通り過ぎようと思った。ちょうど口を開きかけたとき、耳の横を何かがすごい速さで通り過ぎて鈍い音が響いた。

「よお」

先程の鈍い音は何かというと、マイキーさんが壁に手をついて、私の道を塞いだのだ。所謂、壁ドンという奴をされている。

壁ドンって、少女漫画を見て憧れていたんだよね、ついさっきまでは。

「ちょっと時間あるか?」

手を付いている壁はミシミシと今にも崩れそうな音を立てていた。
マイキーさんが私に言った言葉は、イエスかノーで答える質問のはずだが選択肢は一つしか無いように思えた。

「は、はい。ございます」
「昨日一晩考えてたんだけどさ、周りくどい事するのが怠くなったんだよね」

周りくどい事するのが怠くなった?ついにボコられるって事なのかな?私は耳の横で音を立てている方向を見ないようにしてマイキーさんの顔色を伺った。

「まず聞きたかった事がさ、場地の事、好きなのか?」
「す、すき?生物学的にということですか?」
「男と女としてだよ。何ならどう言う意味か教えてあげようか?」

マイキーさんが私の顎を掴んだ。私を掴む手は優しいけど、顔の横に置いてある手はミシミシと壁を唸らせていた。この人、本当に人間なんだろうか。

「だ、大丈夫です!それに場地さんとの関係は、ただの客と店員ですよ」
「ふーん、良かった」

よ、良かった?まるでマイキーさんが私を好きみたいな言い方だ。心臓がドッドッとバイクのエンジン音のように煩く脈を打つ。

「ナマエ、俺と付き合え」
「へ、付き合うって」
「お前が好きだ」

マイキーさんの目は真剣で冗談には見えなかった。綺麗な黒目には私の姿がぼんやりと映っていた。私は息を呑む。

「ご、ごめんなさい」

殴られるかもと思ったが、口を吐くように謝罪の言葉がでていた。

「あ?」
「だって、私もマイキーさんも出会ったばかりですし、お互いの事を全然知らないのに付き合うなんてできません」
「はは、出会ったばっかりね」

マイキーさんが首をこてんと傾げた。仕草は可愛いのに、全然雰囲気は可愛くない。暗黒な暗闇がマイキーさんのバックにみえる気がする。音をつけるとするなら「ゴゴゴゴゴ」だ。

「じゃあ、俺のこともっと知ってもらおうかな」

マイキーさんの顔が近づいてきて、私は避ける隙もなくキスをされた。唇は柔らかい感触がして。マイキーさんのサラサラした髪が頬にかかる。

「覚悟しておいてね、ナマエ」

一体全体、私の身に何が起こってるのか分からない。前世で大罪を犯したのかな?
私の絶望感に反して、マイキーさんは今までにないくらい清々しい表情をしていた。

さよなら、私のファーストキス。

20210526
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