「おい、この店ペヤングねーのか。」
そう、今日もこのコンビニには不良がやってきた。もうコンビニのバイトやめようかな。
今度は金髪ツーブロックヤンキーがやってきた。以前に来店した場地さんもペヤングいつも買ってるよね。不良界では流行ってんのかな、ペヤング。
でも、今この店には場地さん取り置き用のペヤング1個しかない。場地さんがきた時にペヤングないところされちゃうからな。というか生死感じるバイトって一体なんなんだろう。
「す、すみません。在庫を切らしていて」
私は泣く泣くツーブロくんに謝った。
「はー、くそ、バジさんに怒られる」
「……ば、場地さん?」
聞き覚えのある名前に私はついつい口を挟んでしまった。
「あ?なんだ、お前」
「もっ申し訳ございません。ペヤング好きの場地さんでしたら、いつもお店をご贔屓にしてくださっていたので同じ方かと思いまして」
「あー、そういうことか。黒髪に長い髪のかっこいい人だ」
かっこいい人?それは良く分からないが、長髪で黒髪のペヤング好きで、ペヤングが無いと怒りだすような人は沢山いる訳ではないだろう。名前も同じだし。
つまり、この男の子は場地さんの子分か何かでお使いを頼まれているのだろうか。だとすると、ペヤング買って帰らずに戻ったら、この子はころされるのでは……それは寝覚が悪すぎる。こんなに不良で見た目が怖いけど、パシリにされてるって考えたら何か可哀想にみえてきた。まだ若そうなのに大変だ。きっと辛い使命を全うしているのだろう。うんうん。
「あの、実は場地さん用に取り置きでペヤングがあるのですが、そちらをお持ちされますか?」
「取り置き!?そんな事できんのか」
「えーと、普通はできないのですが、いつもご贔屓にしてくださってるので(ないとレジ半壊されるし)特例としてやっています」
「場地さん、かっけー!」
いや、カッコ良くはないだろ?そう思ったけど口に出したら明らかにキレられそうなので、無言で愛想笑いをしてペヤングと幾つかの商品をレジに通した。人間は学ぶ生き物である。口は災いのもとだ。
「お会計870円です」
「はい、ちょうどだ」
「ありがとうございました」
「これ、お礼にやるよ」
男の子に差し出されたのはノシイカだった。え、いらないと思ったけど。黙って受け取っておいた。
「これ美味いぜ。俺の好物なんだ。じゃあな」
自分の好物くれたんだ。要らないとか言ってごめんなさい。良いやつですね、ツーブロくん。パシリにされてるしシンパシーかんじるかも…。
新たに場地さんの子分(?)もこの店の常連となった。後々、頼んでは無いが自己紹介をしてくてた。千冬くんというらしい。常に場地さんのパシリか場地さんの後をついて歩いているのを良く見るようになった。あんなに破天荒な人のパシリになって、本当に苦労してるんだろうな。せめて彼のためにノシイカたくさん発注しておこう。
店長が商品数に首を傾げていたけど、千冬くんが常連になった事もあり商品がよく売れていたので満足していた。
***
今日は珍しくシフトの時間が短く早く上がりとなった。どうやら新しいバイトの人が入るようだ。店長が早く辞めないか心配していたが、心配するのも無理はない。何故なら、この店は不良御用達のコンビニだ。普通のメンタルであれば直ぐ辞めていく。私も例に漏れず辞めたいのだが、店長に泣きつかれてしまってズルズルここまで来ている。その後、時給は300円も上がったので更に辞めづらくなってしまった。
高校の制服に着替えて店をでると、今日も不良がコンビニにいらっしゃっていた。
「よお!今日はバイト終わりか」
千冬くんと場地さんだ。タイミング悪く2人が来店する時に出てきてしまったらしい。千冬くんが明るく私に声をかけてくる。
「てか、ナマエの制服……間寺目高校なのか。意外に頭いいんだな」
ば、バレてる。何で不良って近くの学校事情に詳しいんだろ。
「お前、頭いいのか」
「え、何ですか。その信じられないみたいな表情」
場地さんが今までに見たことが無いくらいに目を見開いている。そんなに意外に思われるなんて心外すぎる。
「間寺目高校って言ったら都内でもトップクラスですよ。あと地味な人が多い事で有名ですね」
「なるほどな」
う、うるせーーーーー!成る程って納得してんじゃねええええ!心の中ではとても叫んでいるが、今の私の表情は愛想笑いを張り付けている。私の勇気はミジンコ以下だからね。
「おい、勉強教えてくんねぇか」
「エッッッ」
場地さんがとんでも無いことを言い始めた。私は驚いて狼狽する。
とても勉強を頑張りたいみたいな感じには見えないけどどうしたんだろう。どこかで頭を強く打ったりしたのかな。
「すごい全身で嫌そうな雰囲気出してんな」
千冬くんが余計な口を挟む。
「そ、そんな事はありませんけど。ちょっと忙しいかな?なんて」
「ナマエ、凄い高速で目が泳いでんぞ」
外野は黙ってろーい!
「千冬ゥ、ペケJは元気か」
「?、元気っすけど。急にどうしたんですか場地さん」
何を考えているのか、場地さんが別の話題を千冬くんに振る。ペケJ?なんかの秘密兵器の名前かな。
「おいナマエ、ペケJってのはな、最近メールで良く送ってる黒猫いんだろ。アイツのことだ」
「え、あの猫は千冬くんが飼ってる子なんですか?」
「あー、場地さん最近写真とってると思ってたら、ナマエに送ってたんですね」
「まあ、見たくねえってんなら仕方ないな」
「グッッッ!!」
私の好きなものを把握してるとは、場地さん強い。
「行こうぜ、千冬。猫缶買って帰るぞ」
「ま、待ってください!」
「あ?なんだよ」
場地さんがにやにやと性格の悪い笑顔をしている。完全に悪役の笑みだ。子供が見たら、みんな泣くよ。
「ゴホン!あの、夕方くらいまでなら時間が取れますので、良かったら勉強お教えしましょうか?」
「よく聞こえねぇな?」
「猫ちゃん見せてください!お願いします」
「しゃあねえ。千冬、こいつも家連れてって大丈夫か?」
「へ?まあ、いいっすけど、部屋ちょっと綺麗にする時間ください」
「おー」
くそー、何か負けた気分。私は心の中で地団駄を踏んだ。
その後、千冬くんの家にお邪魔した。コンビニからすぐ近くの団地が千冬くんと場地さんのお家だったらしい。通りで良く来るわけだ。
男の子の家には初めて入るので緊張したが、猫を見た途端に不安が一気に吹き飛んだ。黒い毛並みが美しくモフモフで、しなやかな尻尾がお上品だ。お手手の中に隠された肉球はピンクでかわいい。癒しだ。私は表情筋の全てが緩むのが分かった。
「あー、かわいい、癒し」
その隣で場地さんと千冬くんは教科書とノートと睨めっこをしている。たまに詰まった所を横から覗いてヒントを出して上げる。二人とも意外にも勉強に関しては素直でしっかりと聞いてくれる。
この二人が一緒にいて何か悪い事たくさんしているのではと思ってたけど、こんな平和の空間の中で過ごしていたんだな。私はそよそよ風が吹く窓を見つめながら、ペケJちゃんの喉を撫でた。
***
「おい、ナマエ」
さっきまで呼んでもないのに詰まった所があれば、ヒントをくれていたナマエが急に静かになった。呼び掛けても返事がなく、不思議に思って振り返るとベッドにもたれ掛かりながらいびきをかいていた。
「マジかよ、良く寝れんな、この人」
千冬がため息をついて毛布をナマエにかけていた。ペケJは飽きたのか、窓から何処かへ飛び出していく。
「俺もちょっと休憩がてらコンビニ行ってきます。場地さん何かいりますか?」
「ペヤングとコーラ」
「うっす」
千冬はそう言うとコンビニへ出かけた。
俺は涎(よだれ)を垂らして寝こけている女をみた。嫌がってた割には随分とリラックスしてんじゃねえか。呆れて言葉もでない。
しばらく女を見つめていると長い髪がゆらゆらと風に吹かれて蜘蛛の糸みたいだと思った。掴めば切れてしまいそうな程、儚げに見える。
俺は汚ねえ涎を拭くためにティッシュで唇の横を滑らせた。化粧っ気のない長いまつ毛が少し揺れる。日に焼けてない白い肌が女を感じさせる。
その瞬間が、とても長く感じられた。俺は吸い込まれるように唇をその女の口元に落とした。馬鹿な女は少し身じろぎをした後、寝息をたてた。
少しすると千冬が帰ってきた。その音にやっと目が覚めたのかナマエは目を擦って目を開けた。俺の視線は自然と唇にいったが、慌てて目線を逸らした。
「場地さん、ペヤング一個しかなかったです」
「半分こな」
「ううん、おはよーございます」
女が呑気な声を出す。何をされてたとか全く気づいてないようだ。俺は何となく安心をする。
「何寝てんだよ、お前は」
「ヒィッ!だって居心地が良くて」
びびるナマエを見て、千冬がおかしそうに笑った。
There are no facts, only interpretations.
(事実というものは存在しない、存在するのは解釈だけである。)
20210523