05
放課後になり、幸村くんの話なんて無視しようと思って帰りのHRが終わったところで即鞄を持って席を立った。
のに、腕を掴まれ、そのまま俵担ぎされた。
こんな細い男の子の中にどんな力があるんだろうと、少しだけ不思議に思った。
そして連れてこられた先は男子テニス部レギュラー部室。
椅子に座らされて、「ちょっと待っててね」と言われて一人ぼっちにされた。
テニス部のレギュラーは校内で有名人だから一方的に知ってはいるものの、彼らからすれば不審な女子生徒が部室の椅子に座っている図だ。
レギュラー陣が部室に入って来た瞬間、明らかに先生などに通報される。
せめて顔見知りで事情を全て知っている柳くんが1番に来てくれるとありがたいのだが。
そう考えていると天は私に味方をしたのか、柳くんが扉を開けて入って来た。
「みょうじどうした?部外者立ち入り禁止だぞ?」
「柳くん…こんにちは。柳くんならなぜこうなってるかご存知でしょ…」
「まあな。というか、仁王以外のテニス部員はお前がここにいることは知っている。」
「えっ。嘘でしょ。」
「嘘ではない」
もしかしなくても、かなり大きな騒動になってしまっているのではないだろうか。
なんでこんなことになっているのだ。
屋上で「雅治」なんて呼ぶんじゃなかった。聞かれなければこんなことにならなかったのに。
「まさは、じゃない。仁王くんが来る前に帰りたいんだけど、幸村くんどうにか説得してくれない?」
「無理だな。」
気持ちのいい即答ありがとうございました。
レギュラー陣の誰かが入って来た時に通報される心配は無くなったわけだけど、さすがに長い間ここにはいたくない。
ファンクラブの人たちが騒ぎ立てないわけがないからね…。
何でこんなにテニス部に巻き込まれなければならないんだろうなぁ。
「幸村くんの用事って結局なんなの?私、担がれて来たから全く聞いてないんだけど」
幸村くんの話も聞くことができずにここに連れてこられてしまったし、訳がわからない。
「まあ、俺も精市が何を考えているか詳しくはわかりかねるが、仁王絡みなのは間違いないだろうな」
「柳くんって幸村くんのこと"精市"って呼ぶんだね」
「そこか」
「幸村くんのこと名字じゃなくて名前で呼んでる人初めて会ったなって。雅治も"幸村"って言ってるし」
「確かに、精市のことを幸村と呼ぶ人間の方が多いな。」
「でしょ?」
去年同じクラスで過ごしてみて、柳くんが何を考えているかわからないこともたまにあったけれど、話していて全く不快ではない。むしろ心地いいくらいだ。
少し言葉足らずでも理解してくれるのがありがたい。
少しだけ柳くんとお話をしているとまた扉が開いて、辛子色のジャージが視界に入った。
「あ、もう来てたのか!」
「ん?」
「今日の朝のミーティングで幸村くんが言ってた女子だよ!」
「あ〜、」
入って来たのは丸井くんとジャッカル桑原くん。
ジャッカル桑原くんはジャッカルと桑原とどっちで呼べばいいのかわからなくてついフルネームで呼んでいる。
「みょうじなまえです」
「ジャッカル桑原だ。ジャッカルってみんな呼んでるし、みょうじもそう呼んでくれよな」
「わかった、ジャッカルくんね」
「朝、幸村が"放課後女子連れてくるから"って言ってたからびっくりしたけど、本当につれてきたんだな…」
「俵担ぎで強制連行されました」
本当に私がここにいることがテニス部レギュラーに知れ渡っているんだな…。
早く帰りたい本当に。