何事もなかったかのように雅治が晩御飯を食べて、帰った日の翌日、教室に来ると私の席に赤髪が座っていた。
「あの、そこ私の席なんですけど」
「あ、悪い悪い!」
テニス部の朝練が無かったのか幸村は自分の席に座り、そのとなりの私の席に赤髪の丸井ブン太が座っていた。
遠巻きに女子たちが見ていて話しかけるのに毎回毎回勇気がいる。
柳くんや真田くんは比較的話しかけやすいけれど、丸井くんとかイケイケ系の男の子は話しかけるのが怖い。
ファンクラブの女生徒が怖いと言った方が正しいかもしれないけれど。
わたしの席を立って斜め前の席、幸村くんの前の席へと丸井くんが移動する。
そこの席の子は昨日からインフルでお休みだから今日は来ないとは思うから、まあ、迷惑にはならないかな。
「ああ、そうだ丸井。今日の朝のミーティングで言ってたのが彼女だよ」
「ふーん…。まあ、いけんじゃね?」
……?
なんのお話が進められているんでしょうか。
昨日の出来事から予想するに、嫌な予感しかしない。
わざわざ「なんのこと?」と突っ込んで変なことに巻き込まれようとするほど私はバカじゃない。
聞こえなかったフリをしよう。
丸井くんは雅治と1番仲がいいと思う。
家に来ている姿をたまに習い事帰りに見かける。
そんな彼に関わるなんてまっぴらごめんだ。
早くチャイム鳴ってくれ…!それか、誰か丸井くんを教室へ送還してくれ。
いつもならこの時間にはもう来ているはずの先生も来てないし、誰も丸井くんを追い返してくれない。
なんの呪いだろうか。
もしかして、幸村くんが…?まさか。
いや、でも、ありえる。
「ねえ、みょうじさん。」
どうすればこの場から逃げられるのだろう。
由美ちゃんは今日は部活の大会で公欠だ。
誰も助けてくれる人が本格的にいなくなってしまった。
ピンチだ。
「みょうじさん!」
「はいっ!」
心の中で頭を抱えていたら、まあまあ大きな声で幸村くんに名前を呼ばれてしまい、思わず普段より大きな声で返事をしてしまった。
周りの子もちょっとびっくりしている。
申し訳ない気持ちがあるけれど、幸村くんが急に名前を呼んだのが悪いと思います。
「放課後ちょっと時間ある?」
「ないです」
「即答かよ!」
「昨日のお詫びもさせてもらいたいんだけど、どうかな?」
「丁重にお断りさせていただきます」
幸村くんの笑顔は見ていると、従わなければならないと思わせる効果があるみたいだけれどら負けてはダメだ。
今まで殆ど話すことのなかったメンバーで話をしていたからか、さっきまで遠くから睨み続けていた女の子が痺れを切らしてこちらに歩いて来た。
この子は幸村精市ファンクラブ会長だ。
「幸村くん、昨日のお詫びってどうしたの?」
「昨日、屋上庭園で花たちに水やりをしていたら、水をみょうじさんにかけちゃってね。」
「そうだったんだ…」
ジロリと私を見る目は「わざとかかりに行っただろ」と言わんばかりだ。
幸村くんの話が嘘だとはいえ、何が楽しくてわざわざ水をかけられなきゃならないのだ。
「せっかくの幸村くんのご厚意だし、みょうじさんも受け取ったらどうかな?」