ドアが閉まる音がした。部屋に重く響く。
部屋に残された俺は独り壁にもたれている。これでもう楽になった…。

…そのはずなのに、何で俺はこんなに泣いているんだろう。諦めたはずなのに喪失感に襲われる。
床の冷たさが体温を奪うように蝕んでくる。

俺はどうしていたら良かったのだろうか…。

あの日康祐より先に告白しておけばよかったのか。もっと先に想いをつたえるべきだったのか。それとも康祐のことを好きにならなければよかったのか。

いま後悔しても過去は変わることない。

武知康祐。その存在だけが俺の居場所だと思っていた。だけど、その隣に俺は似合わなくて…秀のほうが似合っていて、康祐もそれを求めた。

それが変わらない真実だ。

隣から声がした。さっきまでここに居た人の声。

『秀、俺お前のことが好きなんだ!』

微かに、だけどはっきりと聞こえた。

くそっ!声がでかすぎるんだよ。壁を挟んでも聞こえるっておかしいだろ…。…馬鹿康祐。

…俺もその言葉が欲しかったんだ…。

身体だけの関係なんていらなかった。
空虚な時間なんていらなかった。
周りからの称賛なんていらなかった。

ただ一言、、、お前のその言葉が欲しかったんだ…。

俺は「さよなら」なんていらなかった。

それから暫くして階段を下りていく音がした。とっさに窓を開け、その姿を待つ。
玄関から出てきたその姿に声をかけた。

「康祐!」

ゆっくりと顔がこちらに向けられた。その顔はまだ少し紅潮していた。

俺は知っている。こういうときなんと言ったいいのか、どうすればいいのか。
まず、大きく手を上げて左右に振る。そしてこう言うんだ。「じゃあな」って…。

康祐は少しだけ手を上げてそのまま帰って行った。

大きく振った手は力なく垂れ下がった。

子供のころ、夕暮れに染まった道で手を振ったときの気持ちを思い出した。遊び疲れた充実感と、もう帰らなくちゃいけないという寂寥感が入り混じった何とも言えない気持ち。

だけど、俺の今の気持ちは一つの気持ちであふれている。

寂しくて、小さくあの人の名前を呼んでみた…。

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