ひとまず鍵を開けようと思ってポケットに手を突っ込もうと思った。
しかし、そこにはポケットが無かった。
「東司さん、エプロンのままじゃん。」
そう言われて自分の恰好をもう一度確認すると、図書館のエプロンのままだった。
そうか、だからさっきのおばさん達笑ってたのか。今更ながら恥ずかしくなってすぐにエプロンを脱いだ。
緑色のそれを乱暴に丸めて改めてポケットに手を突っ込んで鍵を取り出す。
「早く入れ。寒かったろ。」
ドアを開けてもその場に立ったままの直輝の腕を引っ張って部屋の中へ招く。
それから直輝は黙ってリビングの椅子に腰を下ろした。
2人の間に辛い沈黙が流れる。直輝は何かをするでもなくどこか遠い場所を見つめるようにボーっとしていた。
その表情はあの顔だった。まるでこの空間に一人でいるような孤独を感じる顔。
そんな顔を向けて直輝は沈黙を破った。
「好き?」
たった一言だけだった。最初は何の事だか分らなかった。それぐらい直輝の言葉に意味を感じることができなかった。その言葉はただ音を並べたようだった。
「お前、あの本の最後読んだだろ?」
直輝は何も言わずに頷いた。俺は持っていたマフラーを直輝に返した。
「図書館に忘れてたぞ。」
「ありがとうございます。」
直輝は受け取ると部屋の中だというのにそれを首に巻いた。
「本のことなんて気にするなよ。所詮フィクションなんだからよ。」
そう言うと直輝は顔を俯けて黙りこんでしまった。再び2人の間に沈黙が流れる。
(なぁ、直輝。俺ってそんなに信用ないのかよ。俺はこんなに直輝のこと好きなのに…。)
そんな恥ずかしい想いを言葉にできる訳もなく俺もじっと黙っていた。
「俺馬鹿だから、、、わかんない。だって俺、納得しちゃった。人の気持ちが簡単に離れていくんだって、わかったから、、、」
「だからってお前は気にしすぎなんだよ。」
「だけど、、、じゃあ東司さんは俺のことずっと好きって言ってくれる?俺が東司さん以外の人を見れなくなるくらい好きって言ってくれる?」
「俺の気持ちが変わらないように、東司さんの気持ちは変わらない?」
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